02.1月中旬の活動記録
 13日から会派による沖縄の行政視察である。朝7時5分に木更津駅に集合。先方では不要になると思い外套は持参しなかったから朝は寒い。アクアラインで羽田に渡り那覇に飛ぶと沖縄は今年一番の寒波と言うことで県民は寒いと言うが気温は13度も有り南国である。
 今回の視察は、本市の陸上自衛隊基地を日米安保の米軍使用状態から国有財産に戻して民間利用も可能にしようと活動している会派として、最も厳しい状況に置かれている普天間を見ることで何らかのヒントを得ると共に、沖縄における米軍や自衛隊の状況を国民として理解しようとするものである。その為、初日は普天間市役所、翌日は辺野古と普天間を見てから自衛隊那覇基地を見るという行程になっている。
1.沖縄県宜野湾市
 市制施行 昭和37年7月1日
 人口 91,244人(平成21年1月1日現在)
 面積 19.70km2
 平成21年度一般会計予算額 262億1千万円
 財政力指数 0.64 (平成19年度)
 視察項目 米軍基地の状況及び市の取組について
 沖縄は個人的な旅行も含めて7回目になる訪問で、基地問題についても深い関心を持っていたと自覚していたが、改めて問題の深さを知る。
 宜野湾市の1/3以上の面積を米軍が占有しているとはいえ、「基地対策部」という対米交渉も前提とした行政組織を市役所に設けねばならないところに深刻さが滲んでいる。また米軍基地には国内法が適用されないので航空法による規制も無いのは意外であった。
 自治体が先頭に立って、積極的な情報開示やPRを行わないとならない状況には胸が痛いが、跡地利用などの考えも進んでいることに一縷の明るさを覚える。後は政権がどこに移設を決めるかという問題である。
 この日は沖縄国際大学に米軍へりが墜落したモニュメントを見てから宜野湾市の海側に宿泊する。立派な施設が建ち並び、国際コンベンション都市造りも順調なように感じられた。
 
 14日は朝からバスで移動を行い、道の駅「かでな」から嘉手納基地を見渡した後、高速道路で辺野古地区まで行く。
 魚組の施設が立派だったり高専が出来ていたりと、地元対策が進んでいることも解る。街を真っ二つに割った名護市長選告示まで3日だった
 再度宜野湾まで帰り、嘉数高台公園の展望台で待ち合わせた防衛省職員による普天間基地の説明を受ける。基地の近くに高層マンションの計画が進んだものを防衛省が買い取って撤去したことなど、米軍と地元の間に入る防衛省も大変苦労していることを知る。
 
 その後、那覇基地に移動し、海上自衛隊と航空自衛隊の基地を見る。

2.防衛省航空自衛隊那覇基地・海上自衛隊那覇基地
 視察項目 那覇地区における自衛隊部隊の概要について
 海上自衛隊第5航空群の高橋司令と航空自衛隊第83航空隊の宮川司令の表敬訪問後、両基地の概要を聞き基地の一部を視察させて貰う。
 那覇市には陸上自衛隊も駐屯しており、陸海空三軍がそろう木更津と同様の都市であるが、那覇が前線部隊であるのに対し本市の海空は補給部隊という事もあり、基地人口の差は2倍以内なのに施設の立派さはそれ以上の差と感じた。なお、那覇空港は自衛隊と民間で共有しており、管制は国土交通省が行っている。
 那覇基地には哨戒機のP3-Cや戦闘機のF-15は配置されていても、広大な南西部の防衛を考えると少なく思われ、米軍の存在が抑止である事も認識させられる。それにしても当初設計から30年も過ぎた機体を運用している自衛隊の整備能力の高さには驚かされる。そしてこの夜は那覇に泊まる。
 
 15日は戦史跡である海軍壕を見て沖縄戦の悲惨さを改めて考え、首里城にて大和の国と別の歴史を刻んできた琉球王国に思いをはせる。首里城には多くの修学旅行の生徒も来ていたが、日本国そのものをどこまで理解しているのだろう。彼らの知識と感情が豊かになる旅であることを祈りたい。
 
 16日は午前中に雑用を片づけ、昼から岩根西公民館で「巌根駅に快速電車を停めよう!推進協議会」の署名集計作業を手伝う。岩根地区の各区長さんや金田地区の方々の協力の結果、署名簿1,676頁にはこの地区の住民数のおよそ半分となる11,526名の記載が行われていた。
 25日に署名簿をJR東日本や県知事、木更津市長に提出できるよう、日程調整や提出文書の作成が事務局長である私の仕事となる。
 
 17日は快晴の空の下、朝9時から消防の出初め式に出席する。風は少し吹いているが日差しが暖かで例年より穏やかであった。消防本署の演技は硫化水素ガス発生を想定したものであったが、近年の消防に求められる装備の種類と、それに伴う予算措置を考えさせられるものであった。
 消防の祝賀会でノンアルコールビールを飲んで帰宅し、HPの更新作業を行った後、かずさ青年会議所の45周年記念式典に出席するためアカデミアまで移動する。
 会場には多くの来賓も集まっており、歴史の長さを感じさせる状況であった。進行に一部不手際は有ったが、粛々とした進行には後輩を褒めたい。その後、青年会議所の祝賀会場ではウーロン茶を飲みながら過ごしていたが、他の青年会議所のPR等で進行が遅れ、所用があるために閉会を待たずに帰宅した。
 
 18日から20日まで全日空のマイレージ特典航空券を利用して、九州への旅に出かける。当初は
基山PAのバス停を見るのが目的だったが、気が付くと登山やスキー、温泉、ローカルフードなど様々な物を満喫してしてきてしまった。その分だけ仕事が溜まってしまい、大変な事になってしまった。
 
 
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2010年1月下旬の記録