36.12月下旬の活動記録
 21日からは3連休で、初日には町内の常会兼忘年会、最終日には万石区の忘年会が入り、真ん中の日曜日には山に誘われると云った計画であったが、参加者の都合で日曜日の行事が無くなった。しかし観光地は混雑していることと思い、気合を入れて大掃除を3日間掛けて行うこととした。古い資料の破棄や整理などに取り組むと時間ばかりが矢のように過ぎていく。おまけに年明けの同窓会のデータ整理や他の企画を進めていたので初日は事務所の机の周りが片付いただけで町内の忘年会に行く羽目になった。
 
 22日も良い天気であるが、大掃除の2日目である。掃除の片手間で公選法に抵触しない市外に送る年賀状を作ったり、前日の町内会で出た意見の現場確認等をしていたら、やはり作業は順調に進まないで日没を迎えてしまった。市内で所要を済まし、日曜日は過ぎていった。
 
 23日は少し雲ってきたが大掃除の3日目である。議会資料の仕分けなどに多くの時間を費やしていたら万石区の忘年会に行く時間となった。地域の人と意見交換を行う中で巖根駅前広場や万石1号・3号橋の工事は確実に終わるのかと聞かれて困っていた。
 
 24日は午前中に市役所に行き、町内の忘年会で出された苦情の相談を行い、午後からは金田に買い物に行きつつ開店間近の量販店などを見る。昨年の春に街開きしたばかりなのに、金田の変遷は驚くばかりである。
 再度、市役所で打合せを済ませてから東京ベイプラザホテルに行き、年明けの中学校の同窓会の会場設営の打合せを行うなどしてクリスマスイブは暮れて行った。
 
 25日は朝から雑用や諸調整に追われているうちに午後となり、溜まっていたHPの更新を行っているうちに夜になった。全くイベントも無いままクリスマスは終わった。
 
 26日は午前中から市役所に行き地域から寄せられた苦情の調査及び対応や来春の行政視察の件について打ち合わせる。午後からは農協の理事会に出席し12の議題を審議し、13の報告を受ける。
 この夜には農協の役員としての幹部職員も含めた忘年会が有ったのだが、先に話が入っていた渡辺よしくに後援会青年部の忘年会へ出席する。2百人を超える参加者の多さに圧倒されるが、手間隙のかかる多くの企画を準備された青年部の方々には感謝である。
 
 27日は先週に開業した幕張イオンモールを見学に行く。
 世界最大といわれるドバイのショッピングモールには規模や質で遠く及ばないが、子供や若者を楽しませると意味では面積最大と言われる越谷より優れていると感じた。来年開業予定の木更津のイオンにも多くの企画が有ると聞くので早速楽しみである。およそ5時間ほど歩き回って帰宅し、市内で所要を済ませてから農協本店に行き来年の小櫃川さくら祭りの企画打合せに参加した。
 
 28日は年始参りを受けたり行ったりし、夕方に床屋へ行ってから今年最後の忘年会に参加する。久しぶりに参加する人達も居て懐かしい話を遅くまで行っていた。
 
 29日は諏訪大社に詣でようと快晴の中でアクアラインに乗ると丹沢の右肩に南アルプスの白い稜線が見えていたので海ほたるに立ち寄って写真を撮った。隣で見知らぬ若者が連れの女性に「富士山の手前の山が箱根で、右の白いのが奥多摩だよ」と間違った情報を教えているのが気になったが、彼の面子を潰すだけだからと黙って立ち去った。
 
 渋滞が心配されていたが特に混むことも無く諏訪に到着。残念ながら雲が出始め八ヶ岳や北アルプスの勇姿は見ることが出来なかった。食事の後、日本酒を購入したり下社と上社を参拝し、温泉収めに山梨のほったらかし温泉で夜景を見て帰ってきた。
 
 30日は銀行へ行ったり、買い物をしたりして日中を過ごし、夕方から家族の希望で東京ドイツ村のイルミネーションを見に行く。
 アウトレットとセットに成っているという話もよく聞くが、県外ナンバーで渋滞する駐車場を降りて混雑する会場に着くと、観覧車75分待ちというアナウンスが流れている。その代わりに高所作業車が動いていた。昨年とは色々と企画が変わっている会場を見るとリピーターが増えるわけだと考えながら会場を引き払った。
 
 31日は事務所の片づけを行った後、年末のHP更新を行う。茨城県北部で地震が起きたようだが、それでも大晦日が静かに暮れていく。
 夕方は江川海岸に今年最後の夕日を見に行った。日没後も富士山は霞んで見えていた。風が無いから水蒸気も多いのだろうから、明日の日の出の頃には対岸の冬山が綺麗に見えることは望みが薄いと考えながら帰宅し、紅白を見ながら日本酒を飲み、1年をゆっくり振り返っていた。
 
 
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2014年1月上旬の記録