28.10月上旬の活動記録
 1日は娘を送ってからこの日に開設される富津浅間山バスストップの状況を見に行く。無料の駐車場の東側には災害瓦礫の仮置き場が広がり、記念式典も中止される中で開設されたバス停は、下り線は完成形であったものの、上り線では拡幅工事中で仮設通路での供用であった。
 朝5:50の羽田空港経由横浜線を始発に、千葉線23便、東京線と新宿線が各11便、横浜線9便(内6便は羽田空港経由)の上り線合計53便が運行され、地域には大変便利に成るだろうが、またJR内房線の乗客が減るだろうと思いながら見学させていただいた。
 昼過ぎまで時間が取れるので館山から鴨川まで国道を駆け足で通り抜け安房郡の台風被害を見る。内房の被害は甚大だが外房に抜けると被害は少なく、早く自粛を止めて観光産業の活性化を図るべきだと感じていた。写真は富津市の浅間山公園で見た桜の花と鴨川市長狭にある彼岸花街道である。
 鋸南町では辰野町のビブスを着た人達を目撃した。長野県から罹災証明発行のために派遣された建築技師だろうか。房総を支援してくれる多くの人達に感謝である。帰宅後は消費税の値上げとアクアコインによる還付の状況を確認すべく買い物に出かけ、夕方は義母の入院立会で遅くなる妻の代わりに娘を迎えに行って夜まで子守をした。
 
 2日は娘を送ってから自宅でHPの更新を行い、午後から観光協会に立ち寄ってアクアコインのチャージとバルチケットの購入を済ませ、駅前庁舎に登庁する。議会事務局で一般質問の留意事項等の通知について打合せを行い、14時から庁舎整備検討委員会を傍聴する。私以外にも多くの傍聴者が居て、メモを取っていた。公共施設再配備の計画を説明しない中で分庁舎の考え方が進められることや民間による建築計画がない中で絵空事に成るのでは等、厳しい意見が交わされていた。市内で所用を済ませながら帰宅してから雑務を処理し、夕方は迎えに行った娘と一緒に過ごした。
 
 3日は公務がないので被害が大きいと言われる鹿野山に行き神野寺の状況を見てからマザー牧場に行く。復興を目的に、今月末まで千葉県民に限って入園料無料措置を執っているので、保育園を休ませて娘を連れてきたのだ。園内では有料イベントを数多く楽しませて貰い、入園料以上の消費に励む。
 午後3寺にマザー牧場を出て君津スマートICから高速に乗り、都内の病院まで義母のお見舞いに行く。窓の外には解体が済んだ築地市場の跡が広がっており、これからどの様な姿になるのか気になる。病院で仕事帰りの妻と合流して帰宅した。
 
 4日は雷雨の中で登庁し8:30から災害対応予算の状況をヒアリングして専決処分と補正予算の方針を確認する。君津市や富津市では既に専決処分で対応しており、議会最終日の総務部長答弁では臨時議会の開催を検討していると有ったが日程の確保が難しい状況を考えると、災害に対する速度感を議会が阻害することの無いように専決処分を行うことについて意義のないことを伝えつつ、専決処分する部分と補正予算の区分や国や県の同行について注視することを依頼する。
 9時に市長応接室に行き木更津市農業協同組合からの要望書を國吉副議長とともに受け取る。例年の要望事項に加え今回は台風15号でビニールハウスが約300棟も倒壊する中で、その支援についても話があった。市の職員も応援しているが罹災証明の発行等で手が足りない状況なので応えることが難しい。
 本来で有れば高齢者等の弱者の生活支援が災害ボランティアの本旨であるが、農業への応援と明確にしてボランティア募集を行い、市外からの支援を受けることも検討するべきだと所管課にお願いする。要望については建設経済常任委員会との意見交換を進める中で、問題意識の共有と機運の醸成を図るように進めて行かねばと考える。
 農協との会議が終わり、急いでオークラアカデミアホテルへ移動し、11時開催の木更津商工会議所女性会創立60周年記念式典に来賓として出席する。県下で最初、全国でも8番目に設置された女性会という歴史の長さも素晴らしいが、会員拡大を進めて組織を強化している姿勢には感動すら覚える。
 祝賀会にも出席してから駅前庁舎に戻って議長としての諸調整や会派要望等の雑件を片づけてから帰宅し、夜には草刈・鶴岡両議員と要望書の打合せを行ないながら街の活性化を促進した。
 
 5日は防災訓練が延期になったので日程が空いたので、娘を公園で遊ばせてからイベントが中止になった馬来田までコスモスを見に行く。台風でコスモスも倒れたようだが立ち直り綺麗な花を咲かせていた。しかしスタッフの多くが被災者となり、イベントどころではないようである。
 遅めの昼食を摂り、帰る車で娘が寝てしまったので起きるまでの時間を利用して雑件を処理し、HPの更新を行った。
 
 6日は陸上自衛隊の航空祭と木更津市の防災訓練が12月8日に延期となったので日程が空いた。この日は義母の退院の日なので新店開業で多忙な義弟の代わりに妻子と都内に迎えに行くことにした。
 自宅を出るとアクアラインが車両火災で通行止めである。既に鎮火しているようなので待っていたが約2時間不通であった。病院のロビーで1時間以上待っていた義母を乗せて新座の実家に送り、実家の皆さんと昼食を摂りに出かけ、夕方まで買い物をしたり、のんびりと過ごさせていただいた。
 夕食を摂っても帰宅を渋る娘をなんとか乗せて夜中に帰宅した。
 
 7日は娘を送ってから自宅で私的な仕事を済ませ本を読む。夕方に議長車の迎えを受けて公共岸壁へ行き、今週実施予定の観艦式に臨む海上自衛隊艦艇に対する木更津港入港歓迎式に出席する。
 今年の観艦式は艦船が40艘、航空機が46機参加という事であるが、木更津港には第一掃海隊の掃海母艦「うらが」と護衛艦「むらさめ」「いかづち」の3艘が入港し、観艦式を見学する市民を乗せて出港する。因みに中国を含む7ヶ国も参加する予定で楽しみだが私には見学する時間が取れない。
 夜には会場を移して歓迎の懇親会に出席し、艦隊の皆様や木更津の自衛隊幹部の方々と色々と意見交換を行い見識を深めてきた。
 
 8日は娘を送ってから自宅でHPを更新し、午前中は袖ケ浦市に出かけて市長選挙に向けた準備を進めている粕谷元市議の事務所を訪れ、関係者の皆様と意見交換を行う。午後からは駅前庁舎に登庁し、米食味コンクールの日程や役割についてヒアリングを受けた後、14時から基地政策特別委員会に出席する。11月6日と7日で佐賀県及び相浦駐屯地を視察することを決めた後、今後の日程について議論が交わされた。今年の委員長は覚悟しているだろうが大変な日程である。
 委員会が終わり事務局と日程の打合せを行った後、16時半より会派羅針盤として来年度の行財政運営要望書を市長・副市長・教育長に対して提出をさせていただき、様々な意見交換を行う。内容の詳細については
最近思う事に記載したのでご一読いただきたい。
 庁舎の帰りがけに娘を保育園に迎えに行き、帰宅後は妻に娘を預けて明日からの視察出張の準備を行いながら3日間の雑務を前倒し処理した後に、HPを更新していたら日付が変わってしまった。
 
 9日は朝7時半に木更津駅に集合し、総務常任委員会で行政視察に行く。内房線特急から上越新幹線に接続し新潟を目指す。台風19号が近づいているが新潟は綺麗に晴れていた。
 新発田市で視察前の時間を利用して陸上自衛隊新発田駐屯地にある白壁兵舎の見学を行い、新発田の歴史に対する基礎知識を得る。新発田市は
5年前に会派で視察に来ているが、当時はこの施設も無く、庁舎も旧庁舎だった事を思い返していた。
 そして午後1時過ぎに新市役所に入りより視察を開始する。
 
1.新潟県新発田市
 市制施行 昭和22年1月1日
 人口 97,196人(令和元年9月30日現在)
 面積 533.10km2
 令和元年度一般会計予算額 411億3千万円
 財政力指数 0.497 (平成29年度)
 視察項目 市庁舎建設事業について
 新発田市の旧庁舎は前庁舎の焼失にともない昭和41年に急遽建設されたもので、老朽化や耐震の問題があった。平成22年に公募市民も含んだ新庁舎建設構想策定委員会が設置され、平成23年には建設位置を決めるための全世帯アンケートを実施して市街地中心に位置する地域交流センター駐車場に決定され、その年度末に設計者プロポーザルを実施し、平成26年に工事着手、平成29年1月に開庁された。
 設計はヨコミゾマコト建築設計事務所で、アーケードの有る市街地との一体化を意匠に取り入れており、4階以上の高層階はセットバックして威圧感を軽減している。また低層階をRC造、高層階をS造にして、その間に免震装置を設けるという中間層免震を採用することで工期を短縮している。
 地下1階地上7階で高さ33.82m、延床面積12,996uの建築に要した事業費は本体工事が61.6億円で、用地や旧庁舎解体を含んだ総事業費は75.8億円となり、平成23年に立案した基本計画の57.2億円から大きく上昇している。しかし合併特例債で66.8億円を充当しており、一般財源は6千万円しか使用していない。新発田市に吸収された加治川町の庁舎に農業部門、同じく豊浦町の庁舎に教育委員会を配置し、業務は分散しているが将来的な人口減少で役所のスリム化が進んだ段階で統合するように長期計画を建てている。
 議会は4階に置かれ、RC像の部分の屋上を利用した市民解放テラスが目前に配置されている。議席等は収容が可能な配置となっており、講演会等で大ホールとして使用できる設計としている。ガラス張りの交流サロンも同じフロアに設置され、市民に解放され親しまれることを狙っている。
 災害対策室は免震機能のある5階に配置され、最上階には発電機や機械室が配置されており、コージェネレーション設備も設けられていた。雨水をトイレの洗浄に使用による中水利用やガラス外壁を2層構造にして自然換気を活用するなど環境に配慮している建築であった。
 地上階には外部に開かれた半屋内広場である「札の辻広場」が配置され、大型シートシャッターで室内空間に変更することも可能である。商店街と一体になり軽トラ市など、毎週のようにイベントが開催されており、この日もキッチンカーが置かれ子ども遊具で母子が楽しんでいたのが印象的だった。
 木更津市では民間のビルを借用して市役所業務を続ける方向性が示されたが、自前のビルを持つことで行政機能だけでなく、市民活動との協動拠点に成ることを目指すことが出来る良い事例であった。本市が入居しようと考えている民間ビルにその様な機能を期待出来るだろうか。
 約2時間の視察を終え、燕三条駅に近いホテルに移動する。道路を挟んで三条の道の駅が有ったので、宿泊先が翌日視察予定の燕市ではなく三条市なのかと思って調べたらホテルは燕市であった。平成の大合併で燕と三条が一緒に成らなかったのは不思議である。
 
 10日は燕市の行政視察であるが、先方の受入が午後になるため、午前中は「庭園の郷保内」等を見学する。造園をテーマにした道の駅で、造園道具や石ころ等も売ってあり、近隣の造園業者が紹介されるなど、道の駅の多様化も進んだと感心する。
 昼にへぎ蕎麦を食べていと週末の「ツールドちば」が中止決定となったことを知る。登録料等で2万円を超える額を支払っているが、それは返金されず、後日記念品を得るだけとのことである。強風の中で開催できないだろうと解っていたが、中夜祭で乾杯する役があったので少し残念でもある。車は田園の中を突き進み、立派な市役所に到着する。
 
2.新潟県燕市
 市制施行 平成18年3月20日(旧燕市は昭和29年3月31日)
 人口 79,359人(令和元年6月30日現在)
 面積 110.96km2
 令和元年度一般会計予算額 407億44百万円
 財政力指数 0.654 (平成29年度)
 視察項目 行政改革推進プランについて
 燕市は平成の合併協議が様々に難航した結果、吉田町、分水町と合併して新市として誕生し、平成25年5月7日に開庁した新市役所は旧1市2町の中心で人口重心に近い田園の中が選ばれて建設されている。当初は何故こんな場所にと思ったが、国道のバイパス計画が有ると聞いて納得する。
 新燕市では人口減少が進み財政の好転が望めない中、行政改革を進めている。集約化や複合化など木更津市と同じ様な取組事例が並ぶ中でも特徴的な事は市内に20園も有る公立保育園の統合や民営化を進めている一方で学校の統廃合は慎重に進めていること、県下1位となるふるさと納税で平成30年度は16億8千万円を得ていること、職員による業務改善運動へ積極的に取り組んでいることである。また古着回収や学校の屋根貸し等でも着実に歳入を挙げており、図書館も指定管理を取り入れることでコスト削減とサービス向上を果たしていることなど、私が議会で質問しながら採用されていない事柄もしっかり進められていた。
 行革の視察の後で新庁舎を案内して貰う。梓設計によるモダンな市役所は、議場がガラス張りで中に吹き抜けを配置した設計的には目新しい構造であるが、会議室が少ない事やコンクリート打ちっ放しによる単色の室内構成が冷たく見える上に吹き抜けによる冷房効率の悪化等で問題も多いようだ。
 視察を終えて長岡市に移動する。台風19号は勢力を落とさず、速度を上げながら確実に房総に向かっている。既にスーパーやガソリンスタンドは品切れが出ているという話しも地元から聞こえるし、避難相談の電話も届く。長岡で食事を摂りながらも心配事は地元の台風であった。
 
 
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