X4.11中旬の活動記録
 11日は娘を保育園に送ってから午前中に私的な仕事を処理し、昼から市内で所用を済ませ、帰宅してからHPを更新し、夕方はかずさ青年会議所年代幹事会をOB会長として開催する。今年度も感染症対策で会議がまま成らず、1月の総会も書面決議とした中で久々に顔を合わせての会議と懇親会であった。感染対策で何もできない一年であったが支えてくれた幹事団に感謝申し上げたい。
 
 12日は娘を保育園に送ってから事務所で仕事をする。道路を挟んだ向かい側に有る畑の持ち主が高齢で維持できなくなったので売りに出すということで境界立会をする。その横では建築工事が進んでおり、周辺の農地が次々と宅地になっていくように感じる。
 昼食後に駅前庁舎に行き特別委員会が開催される前に12月議会質問の通告を済ませる。今回の質問項目は下記の通りである。
個人質問通告書(令和3年 12月定例会)
令和 3年11月12日
木更津市議会議長   重城 正義 様
質問議員氏名(15番) 近藤 忍
下記のとおり発言したいので、会議規則第62条第2項の規定により通告します。
大綱・要旨項目
質問事項1 大綱(大項目) 来年度予算について
要旨(中項目) 要旨(小項目) 関係部等
(1)骨格予算について @骨格予算の法的根拠
A経済対策等への影響
財務部
 〃
(2)行政改革について @システム統合の効果
A窓口業務の民間委託
B公有地利活用の状況
市長公室
 〃
 〃
質問事項2 大綱(大項目) 長期的施策について
要旨(中項目) 要旨(小項目) 関係部等
(1)職員構成について @年齢性別構成の解消
A専門職員の補充方法
総務部
 〃
(2)公園施策について @都市公園の基本計画
A太田山公園の将来像
都市整備部
  〃
(3)教育行政について @適正配置の検討手順
教育部
 私の通告は10人目で、籤では18番を引いてしまった。会派室に戻りテレビを点け基地政策特別委員会を傍聴し要望書の委員会決議を見終えてから議会事務局に行くと通告者は14人に成っていた。14時になり通告が締め切られ私の質問が12月2日(木)11時に成ることが決まった。その他の質問者や委員会の日程については16日に開催される議会運営委員会終了後に改めて記載する。
 帰宅して雑件を処理してからHPを更新して娘を迎えに行き、妻の帰宅まで子守をしながら過ごした。
 
 13日は良く晴れた土曜日である。娘を妻に任せ
10日に続く「さいくるり」を行うために朝9時からママチャリで商品引換の旅に出る。約60kmの行程を休憩を含めて6時間近い時間を掛けて走るが結構きつい。
 さいくるりの感想については
最近思う事に記載するが、途中で様子を見に立ち寄った旧富岡小学校をリースした会社がコロナの影響のためか何も整備しておらず雑草だらけになっていたことは寂しかった。しかし新たな発見や翌週のブルーベリーランに向けた良い心拍の鍛錬に成って楽しい日であった。
 午後3時過ぎに帰宅してチケットで引き換えてきた大量のお菓子を娘に見せて喜ばせ、妻に抹茶を入れて貰い優雅な一時を過ごす。その後は日没前に車の清掃や翌日の除草作業の準備をしてからHPを更新し、データをサーバーに送ろうとすると障害が発生したようで更新できない状況に成っていた。
 入浴後に色々チャレンジするがらちが明かず、翌日には何とか成るだろうと考えて作業を放棄して夜中は報道や録画した番組を見て寝た。
 
 14日は朝7時に起床して朝食を食べ、接続障害が続いていることを確認してから車で作業場所に向かい、8時から江川区の役員と土木委員による区の管理地の清掃活動を行う。娘は発表会だが妻に任せた。
 基地周辺の移転事業により排水系統が変わった影響で管理されなくなっている土地の多くは土側溝であり、流れを阻害するように葦等が繁茂して大雨の時には排水を阻害して水位が上がって住宅敷地まで浸水する事態になるので対策が必要なのだが防衛補助を使うべき現場かと前から思っている。
 除草作業は10時過ぎに終わり、私は自宅に戻って草刈機や熊手を降ろし、替わりに段ボールや新聞紙や老朽自転車を積み込んで岩根西中PTAが主催する資源回収のヤードに向かい、いくばくかの協力を果たすが新聞紙を縛らずに持ってくるなど迷惑をかけてしまった。
 保育園の発表会を終えて帰ってきた妻子と昼食を食べながらビデオの映像を視て感動を分かち合い、その後に事務所でサーバーとの接続を試みるがやはり駄目なようで、家族サービスに徹する午後とした。
 
 15日は娘を送ってから事務所に戻りHPを更新すべく契約しているサーバーと格闘するが埒が明かない。暫くの間は更新できないことを覚悟して11時から売却した学校用地の現状調査に出かける。
 最初に訪れた畑沢中学校用地は全体看板が設置してあり、特別養護老人ホーム波岡の家の移転拡張工事が進んでおり、それ以外のエリアでは75区画の住宅用地が確保され53区画の契約が済んでいると表示されており家も建ち並び、家の状況から見ると既に入居しているものも多そうである。
 次に八幡台中学校用地を見に行くが、こちらでは全体区画数や売約済みの宅地を示す看板は設置されていなかったものの空いている区画は僅かで、建て売りで売却しようとしている家が目立った。
 羽鳥野を経て真舟に至り小学校用地の状況を見る。八幡台と同様に販売状況を示す全体看板はなかった。第2小学校が手狭だからと売却を保留した結果活用されていない土地が目に着いたが八幡台中学校用地でも小学校のためにと売却を保留した土地のススキが記憶に強く残された。
 午後2時過ぎに帰宅してサーバーが言うことを聞かないことを確認してもメールは使えるので議会質問のやり取りを担当課と進め、夕方に娘を迎えに行って食事後に事務所に籠もってHPを更新した。
 
 16日は娘を送って駅前庁舎に登庁し会派室で議会運営委員会を傍聴する。9月定例会に上程される議案は15件であり、そのうち1件は先議決案件のため本会議初日に採決される予定である。同日に議員発議案の2件も上程され議決される予定である。一般質問は14人であるため質問日程は3日間となり、下記のように予定された(は後日決定された事項を追記している)。
日時 曜日 時間 項目 質問者 備考
11月09日 10:00 協議会 議員全員協議会
11月16日 10:00 委員会 議会運営委員会
11月25日 10:00 本会議 議案の上程
10:40 委員会 総務常任委員会
11:00 本会議 先議決案の審議
11月30日 10:00 個人質問 鶴岡 大治 会派羅針盤
11:00 佐藤 修一 公明党
13:00 竹内 伸江 公明党
14:00 田中 紀子 市民ネット
15:00 座親 政彦 新栄会
12月01日 10:00 高橋 てる子 元気力発電所
11:00 斉藤 高根 自由民主クラブ
13:00 石川 富美代 扶桑クラブ
14:00 渡辺 厚子 公明党
15:00 鈴木 秀子 日本共産党
12月02日 09:30 委員会 議会運営委員会
10:00 個人質問 大村 富良 扶桑クラブ
11:00 近藤 忍 会派羅針盤
13:00 永原 利浩 会派羅針盤
14:00 堀切 俊一 立憲民主党
15:00 本会議 議案の大綱質疑・負託
12月07日 10:00 委員会 総務常任委員会
12月08日 10:00 教育民生常任委員会
12月09日 10:00 建設常任委員会
12月12日 10:00 低炭素社会特別委員会
12月13日 10:00 交通政策特別委員会
基地政策特別委員会
12月15日 10:00 本会議 議案の審議
11:00 協議会 議員全員協議会
13:00 委員会 市庁舎整備特別委員会
 議会運営委員会では他にも令和4年度議会費当初予算要求や重城議長からの諮問も提案された。来年度は行政視察を復活させ、削減していた議員報酬も通常に戻っているため今年度より増加する予算となっている。昨年のようなマイナスシーリングではないが厳しい予算の中で事務局の折衝が続くこととなるだろう。
 傍聴後に会派報や会派研修日程を打ち合わせて帰宅。事務所でHPの更新が出来ない原因を調べるが対応しきれず、15時半に成ったので再び駅前庁舎に登庁し「障害者虐待防止法の改正」について鎌ヶ谷市議会の泉川議長から紹介を受けた方のお話を会派メンバーで聞く。千葉市や習志野市等では議員発議で意見書を提出したということであるが本市では陳情を受ける方が理解しやすいと判断し、次の定例会に向けた準備を進めることとした。帰宅して再度パソコンと格闘するが成果が出ないまま夜となり、議会質問に向けたメールのやり取りをして早めに寝た。
 
 17日は日帰り人間ドックを受けるためにアカデミアクリニックへ行く。コロナ感染対策による運動不足で体重が増え視力が低下していたこと以外は大きな変化もなかったことにほっとして帰宅する。
 パソコンと格闘する中でモデムを交換した時期にサーバーと接続できなくなったことを思い出し前のモデムを使うと復旧したことに驚かされる。メールやホームページ閲覧には障害が無くてサーバーとの接続だけ支障が生じる理由は解らないまま時間となったので駅前庁舎へ行き市長公室や総務部と質問調整を行い、会派室で作業をして帰宅し溜まっていた更新を一気に行った。
 
 18日は娘を保育園に送り雑用を片づけてから海上自衛隊前のバス停まで歩き9:58の高速バスに乗車して会派のメンバーと落ち合い衆議院会館へ行く。この日は会派羅針盤研修会として浜田代議士のご協力で自衛隊に掛かる交付金等を勉強するため官僚を派遣していただくとともにディスタンスに配慮できる会場を衆議院会館内に用意して頂いた。
 最初に13時から総務省固定資産税課の古川課長補佐より基地交付金及び調整交付金の制度や予算の変遷、総務省の取組等をヒアリングする。私も全国市議会議長会基地協議会で3年に一度予算の見直しを行っている事は知っていたが、全国に対象資産が約5兆円有り、固定資産税相当である1.4%を各自治体に払うためには700億円の予算が必要で、令和4年度に10億円増加して要求する375億4千万円では半分程度しか支給できないこと、総務省は10億円を増やすために他の予算を20%近く削減し、デジタル対応などの見送りをしていること等は初耳であった。また木更津市の令和3年度の基地交付金が1.03%、額にして151万円の減に成った理由として資産の評価額が0.62%減になるとともに沖縄県の宮古島に新たな基地が出来たり交付金の額が少ない税収の多い自治体の多くがコロナによる景気後退で税収が落ち込んで交付額が増えたりした結果、総額が決まっている中で配分が減ったということで、オスプレイの受入先である木更津に配慮して調整交付金を166万円増加させて総額を微増としたことなど、話を聞いて理解する事が多かった。
 確実に基地交付金の増額を続けるためには総務省だけでなく財務省にも要望をするべきで、昨日も横須賀市等が要望活動を行っていたことを知る。私からは工業地帯にある基地で企業立地機会を失い納税額が少ない状況に対する配慮の補正が有っても良いのではと伝えると検討したいという回答であった。
 質疑を通じて中央の官僚の優秀さに感心していると約束の時間が直ぐに経ってしまい、14時から防衛省地方協力局地域社会協力総括課の方々から特定防衛施設周辺整備調整交付金や民生安定施設整備補助金について説明を受ける。調整交付金も予算枠が決まっている中で木更津市は今まで増額を続けてきたが今年度は57百万円減の1億53百万円になる。その額が減っている中で江川運動場の整備や同報系無線デジタル化などに民生安定補助を出し、さらに補助率75%のまちづくり事業も進めていることを説明していただいた。北関東防衛局は木更津市役所に対し防衛補助に関する勉強会を検討しているということなので今後も期待したい。補助事業は自治体の負担もあるので多ければ良いというものではないが、市が事業計画を立案しないと補助しようが無いといわれた。必要な事業を次々とメニュー化して申請するよう我々も市役所の動きを注視しなければ成らないと改めて確認した。15時に研修会が終わり、浜田代議士の事務所で情報交換を行い記念写真を撮影させていただいた。
 
 その後は代議士の計らいで国会内の案内をしていただき、個人的には小学校以来となる衆議院の議場を見学する。傍聴席や記者席等も狭く、昔の小柄だった日本人に併せた設計だったのだなと感じた。
 大正9年(1920年)に工事が着工され、建設中に関東大震災に襲われ工事が遅れ、完成は昭和11年(1936年)に成り、東京大空襲を経ても消失を免れ素晴らしい存在感を示している国会議事堂であるが、調べてみると東京駅の辰野金吾といった明確な設計者が居るわけでは無いようだ。
 外壁洗浄がされ、完成から85年が経過しているようには見えない議場を近くから観て、感動を味わいながら夕暮れの東京から帰路に着く。まだ都内で打ち上げをするほど感染対策を緩めるべきではないと判断した結果である。木更津に戻り、やはり現場で話を聞くのは書類を読むより得るものが多いと話し合った。感染が再度拡大することが無ければ、来年度からは行政視察を再開するべきだと改めて感じた一日であった。
 
 19日は娘を保育園に送ってから事務所で私的な作業を片づけ、買い物に出かけ、議会質問のやり取りをメールで行い、HPを更新する。
 夕方に妻に頼まれた用事を済ませながら君津市民文化ホールに向かう。月食の日であるが薄く曇り月が鮮明でない中でホールに入り18時開演の公益社団法人木更津法人会第19回公開講座である古館伊知郎講演会を拝聴する。なお左の写真は青木会長の挨拶で、講演中は写真撮影禁止である。
 会場の椅子を一つおきにしてディスタンスを保つ中で始まった講演会は話の旨さにも引き込まれるが「常識を疑え!」というテーマの中で実在主義と古代仏教などに話が及び、結構奥の深いもので感心した。帰宅してタブレットを見ると1人の新規感染者が報告されていた。この週で3回目である。千葉県内では2人で1人は外国籍の感染者なので唯一の自治体別感染者であり、全体には広がっていないが少し出始めたようだ。
 
 20日は木更津駅みなと口を会場に第18回木更津こどもまつりが開催されるので妻子を連れて10時の開会前に行くつもりだったが妻子の準備が遅れてしまい、街中の駐車場を諦めて娘の保育園の駐車場に車を停めて八剱八幡神社脇のみまち通り会場で感染症対策として名簿登録済みの画面を見せてリストバンドを付けてからお祭りに参加する。
 娘はみまち通り広場で開催されるイベントを観たいと動かないので妻に預けて富士見通りの総受付に行くと長蛇の列が出来ていた。後ほど事務局長に聞いたところでは6千用意したリストバンドが足らずに、急遽色紙を切って代用したために混乱が起きていたとのことである。それほど多くの人が集まったのである。
 みまち通りにも人が溢れ、八剱八幡神社の脇の商店を取り壊した空間がイベントに活用できる魅力を感じさせていた。娘も保育園の友達に沢山逢えて幸せそうである。午後のイベントまで見届けてから与三郎通りを通って第一小学校へ行く。既に残り時間が30分程度となり残っているものも少ないが、それでも娘は幾つかのゲームを楽しんでいた。閉会時間が近くなり本部では撤去が始められ、保育園の父兄ボランティアや商工会等の会員といった知っている人々が動き始める中で会場を後にする。
 昼食抜きでお腹が減っていたので歩いて出島へ行きナチュラルバルの会場で遅めの昼食を楽しむ。こちらも終了直前と成ってしまったためか既に人気も少なくこどもまつりからの回遊はそれほど多くないようであった。それでも出島にテントが並び潮風を受けながら食事できる幸せを感じていた。
 保育園まで歩いて戻り自宅に帰り、午後6時からは町内の常会を地元の寿司屋で開き地域の決め事の確認や最近の情報交換を行った。翌日の日程があるとはいえ焼酎を少し飲み過ぎたようである。帰宅してタブレットを見ると1人の新規感染者が報告されていた。この週で4回目である。千葉県内では3人で1人は外国籍の感染者でもう1人は船橋市であった。木更津市だけ続いている状況が何とも不気味である。
 
 
 →
2021年11月下旬の記録