47.4月中旬の活動記録 |
11日は地元の岩根小学校の入学式で来賓として招待されているが、娘も入学なので保護者でもある。受付開始は8時半であるが少し早めに行って看板前などで写真を撮影する。今年の入学生は56人なので2クラスである。一旦は娘の教室に入るが荷物の整理や先生からの説明などを妻に任せ、私は来賓控室に移動して式典に出席する。
式の進行と娘の様子を近くから眺められるのは役得だと感じながら写真を撮影する。式の終了後は来賓から保護者に戻り教室で諸注意を聞き、地図にシールを貼りながら高柳小学校区の高砂からも多くが通っていることを知る。距離は岩根小学校の方が近いので柔軟な対応に感謝したい。
小学校から帰宅して友人のカメラマンに自宅で記念写真を撮影してもらい、それから社会館保育園の卒園生家族による昼食会に出席する。子どもたちは互いのランドセルを見せあい、母親は小学校での様子などを話し合い、私は仲の良い父親たちと夜まで情報交換を楽しんだ。
12日は娘と供に歩いて小学校の正門まで登校し、帰宅してから車に乗って中学校へ行き岩根西中学校の入学式に出席する。
先月17日に岩根小学校を卒業した55人のうち51人が岩根西中に進学している。志学館中学校等に進んだ生徒もおり、中学全体で150程度の規模と減少傾向が続いている。市街化調整区域で進む住宅開発による人口増加の効果を旧来の集落での少子化が打ち消しているように感じられる。
式終了後には金田見立海岸に向かい、15日からリニューアルオープンする「きさらづCAMP ORGANIC FIELD in みたて」の内覧会をさせてもらう。地元の斉藤高根・竹内伸江両議員が先に来て帰った後で私は3人目と言うことであった。経済部による説明であり、事業主体は観光協会が運営する「きさらづDMO」である。
今まではテントサイトの運営であったが新たにトレーラーハウス3台を設置し、1台につき4人まで宿泊可能であり、平日は22,000円、土曜祝前日は27,500円で貸し出すようだ。都心からのアクセスの良さと空気が澄んでいれば富士山も見えるロケーションが評判で、昨年はテントだけで1,558人が楽しんだようだ。
因みにテントは大人2,200円、小学生1,100円で、車両は1,100円という事であり、他にもシーカヤックやSUPなどが有料で体験できる。観光客の誘致だけでなく稼ぐ力を発揮することに期待したい。
その後は市内で所用を済ませて帰宅し、来週からの選挙戦に向けて選挙ハガキ作成のための名簿整理や来客対応などを行い、合間を見て冬タイヤを夏タイヤと交換する。この日は妻の帰宅が遅くなるので娘を学童に迎えに行って事務所で遊ばせながら事務処理を進め、午後6時半に事務所を閉めてから食事と風呂を済ませて寝かしつけ、妻の帰宅を待ってから深夜にHPを更新した。
13日も娘の登校に付き合った後、事務所開きへのお礼状等を郵便局に出しに行き、その後は近隣で後援会活動を済ませてから帰宅する途中で近くの道路が選挙期間中に通行止めになることを看板で知る。
昨年のうちにODOYAやヤックスドラッグの開業に伴い通行量が増える前に傷んだ舗装を保障し歩道と車道の境界を明確にすることを指摘したのだが令和4年度の予算が厳しく、5年度当初で対応するとは聞いていた。開業に間に合わせるためには適切なスケジュールだと思うが、完全に選挙に日程が重なるとは思っていなかった。ともあれ事務所に戻り翌週の選挙期間中の計画を立て準備を進め、役員会の資料作成を行う。
午後から学童保育を休む娘を集団下校の引渡場所であるお地蔵さん前に迎えに行き、入学と誕生祝いに来てくれた妻の両親へ娘を預けてから選挙ハガキを送る2千人の絞り込みを行い、君津市の支援者に資料を届け、事務所で人と会い、出陣式での挨拶の構成を考えるなど、慌ただしく一日は過ぎた。
14日も娘と途中まで登校し、事務所で選挙カー(自転車)に拡声器を乗せる台を取り付け、選挙ハガキの宛名ラベルなどの準備を進める。
なお自分のHPを見ていたら8年前に自転車選挙に言及した記事を見つけた。51歳の私は59歳に成ったときの私の体力を心配していたが、今回も何とかやれそうである。心配なのは天候で、告示日である16日と翌日の降水確率が60%と成った事である。どちらも夜のうちの雨で済みそうであるが、日中に降るようだと街頭活動は難しくなる。それ以降も土曜日まで30〜40%の確率が続いている。気温が高そうなことは幸いであるが、晴れると黄砂が襲いかかり、それも厳しそうだ。
昨日に木更津市議会で視察研修を受けた佐賀市議会の議員が陸上自衛隊を訪れてV-22を見に来たためか、昼頃から訓練飛行が多く感じられた。佐賀市議の方々も登場体験をしているのかもしれないと思いながら、今月8日のプレオープンには間に合わなかった江川総合運動場の案内看板が設置されていると地元の人から聞いたので見学に行く。
まだ工事中のサッカー場や、これから整備予定のテニスコート近くの駐車場も記載されており、このフライング感がプレオープンに設置を躊躇させた原因かなと思いながら南側駐車場の舗装やちびっこ広場南の多目的広場拡張の行方を気にしていた。
事務所に戻り、事務作業に逐われているため下校する娘を妹に迎えに行ってもらい、私は20日の14時から個人演説会を行う予定の岩根西公民館に手続きの調整に行く。その後も選挙期間中の各種資料を作成してから食事や入浴をして、夜中に再び事務所に籠もってHPを更新する。
この日にタブレットに届いた木更津市内における新型コロナウイルス感染者数の一週間値は先週より23人少ない27人であり、上図に示すように当初の設定であるステージUのレベルに収まっている。都内では拡大基調に有るように報道されているが、木更津市内ではまだ第9波は訪れていないようだ。感染対策は通常程度に抑えた選挙戦として問題無さそうだと判断して、明日以降の日々を過ごす予定である。
15日は告示の前日で拡声器の準備などを済ませてから最後の後援会役員会議を開催する。翌日の出陣式や選挙期間中の担当を決めた後、選挙ハガキの準備を済ませて解散する。午後からも翌日以降の準備を進めているうちに日が暮れて、午後7時を回ってから娘の誕生日を質素に祝った。4年に1度は慌ただしい中で誕生日を迎える娘に申し訳なく思うが、妻が百円ショップで色々と買ってきてくれたので娘も喜び、それなりに楽しい誕生日になった。夜9時を回ってから会員名簿を整理し、その後にHPを更新した。
16日は前日の雨が上がり朝から青空が除き始める中、いよいよ木更津市議会議員選挙が開始される。過去にはHP等の電子媒体を使った投票呼びかけ行為は禁止されていたが、平成25年4月の公職選挙法改正でメールの送信などの一部を除きインターネットを活用した投票依頼行為が解禁となった。従って私からも近藤忍への投票をお願いします。と掲載することが出来るが、他の方々もSNS等の手法を使って投票を呼びかけられるので情報発信をお願いします。ただし無用なメールを受信する人の苦悩を配慮し、メールでの投票依頼は候補者本人しか出来ませんので投票呼びかけメールは注意して下さい。
写真も可能なので今回後援会メンバーに対し郵送する予定の選挙ハガキの写真(右)と前回のハガキ(左)も掲載する。今までは経歴などを沢山書いていたが選挙公報にも記載されるし、後援会の方々は既に知っていると判断し、シンプルに投票依頼をするハガキにさせていただいた。
ともあれ、福祉会館に行った事務責任者は受付を済ませ抽選で引き当てた番号にポスター掲示部隊に情報を伝えて選挙戦が始まる。前回は永原候補に次ぐ2番目であったが、彼が8時半を微妙に越えてしまったので予備抽選に加われず、27陣営の中から1番籤を引き当てていただいた。 この日は午前10時より事務所前にて出陣式を行い、来賓として元富津市議会議長で2週間前の県議会選挙で現職を破り当選された渡辺務県議から御挨拶をいただいた。私からも決意表明を行い、ダルマの目入れなどを行ってから自転車による街頭宣伝活動を開始し一週間の選挙戦がスタートした。
自転車による遊説活動の中では大型商業施設の近くでゲリラ街頭を行ったりもしたが、一部の店舗ではインカムの周波数が一致してしまったようで店内放送で流れていると店の人が出てきたり、永原事務所で一休みをしたり、日焼け止めが汗で流れて目に入り支援者の水道を借りて顔を洗ったりと初日から様々な出来事が続いて19時過ぎに活動を終えた。
17日は6時15分から巌根駅前で街頭挨拶を行う。掲示板の前に立つと何が始まったのか一目瞭然なので説明が要らないし声援も頂けた。
他の候補とも重複せず8時前まで独占状態であった。通りかかった友人が撮影していただいた写真を掲載する。事務所に戻り青空が広がり北風が強い中で午前中は小櫃川を渡って金田方面での遊説を行い、午後からも小櫃川を渡って中郷方面で遊説をする。少し早めに遊説を終えて事務所に戻ると選挙ハガキの宛名の位置に問題が生じていた。
事務所内では郵便局と調整しながら様々な対処法が検討されていたようでスタッフ総出で修正作業が行われていた。私も遊説活動を少し早めに終了して事務作業に没頭したが、作業完了は翌日に持ち越された。事務所スタッフが帰宅した後に後援会入会のデータを整理してからHPを更新して入浴したら日付が変わっていた。
18日は寝不足のまま新宿地先での朝の挨拶運動を行い、一旦事務所に戻って準備を整えてから畑沢・大久保・八幡台・請西東南方面への遊説を行う。港南台で全てのポスターが貼られて順光の掲示板を発見したので、遊説の途中であるが自転車を停めて写真を撮影する。
アシスト付き自転車で同行した友人が「まるで修行だな」と言うような上り下りを繰り返し、遅めの昼食を共通の友人の店でいただき、午後2時半に帰宅して選挙ハガキの提出確認を行う。その後は西山や高柳から万石を遊説して事務所に戻り、齊藤秀樹候補の事務所訪問を受けて情報交換を行い、夜8時には事務所のシャッターを降ろしてHPを更新した。
19日は金田BTまで自転車で移動し朝の挨拶運動を行う。同じ色のジャンバーを着た齊藤秀樹候補が後から来たが離れて挨拶を行った。一旦帰宅して荷物を装着し請西・矢那・富来田・清川方面の遊説に出かける。
大和町で鶴岡大治候補の街頭演説を聞き、矢那の石井徳亮候補の事務所でお茶をいただき、峠を越えて富岡に入り馬来田駅で記念写真を撮影する。三上和俊候補の事務所で休憩させていただいてから横田を静かに抜け、清川地区の遊説をしてから昼食を摂り、安藤順子候補の事務所を確認して戻る。
長距離で疲労が残るが、残る時間を利用して地元を重点的に回っていると他地区の候補が街頭演説を準備して聴衆を集めている現場に出くわしてしまった。選挙は取るか取られるかという感覚を実感した。
日没前に遊説を終了し、机に向かって翌日の個人演説会の進行や内容を検討する。選挙戦に突入する前に処理すべき課題も多く見つかり、選挙ハガキの騒動もあって5回目の選挙であっても失敗を繰り返してしまうことに苦笑せざるをえない。
20日は海上自衛隊前で朝の挨拶運動を行い、その後は個人演説会の告示のため岩根西地区や西山地区を重点的に遊説する。正午過ぎに事務所に戻って昼食を摂ってからスーツに着替え岩根西公民館に移動し、午後2時から集会室で個人演説会を開始する。
事前告知が不十分だったので聴衆が少な目であったが、およそ90分の説明の後に質疑応答を受け付け、約2時間の市政報告会のような演説会は終了した。過去の議会質問で作成した資料が私のHPに掲載してあるので、Wifi接続が可能なノートパソコンでデータを引用しながら濃い説明が可能であった。
当選後に何をすべきなのか、今回の個人演説会を企画する中で自分に向き合って整理したものを最近思う事に記載する。全てが一般質問に成るわけではないが取り組んでいきたい課題であることは間違えない。
午後4時過ぎに事務所に戻り、天候が良いので遊説に回ろうかとも思ったが、溜まってきたデータを整理してHPを更新することにした。
→2023年04月下旬の記録 |
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