53.6月中旬の活動記録
 11日は9時に太田山へ行き今年になって4回目、今年度になって2回目の竹の伐採を行う。これは市民活動支援事業として採択を受けている『太田山竹取物語』の一環で、竹が無くなって空が広がり、広葉樹が芽吹き始め、自然の再生を目撃できる楽しさもある。
 作業が終わり埃と汗で汚れた身体を綺麗にしようと潮見にある日帰り入浴施設に向かう途中で旧市役所を見ると、まさに議場が半分ほど無くなっている所であった。屋上アートは私がその姿を見ることなく解体されてしまったようだ。多くの人の思いでも一緒に解体されて居るようである。
 サウナで汗を流し、近くのスーパーで頼まれたものを買って帰宅し、事務所でパソコンに向かうが役所からメールが届いていないため、早めに床に着かせていただいた。
 
 12日は娘を保育園に送っていった足で富津市議会へ行き、第21回議場コンサートを聴かせて貰う。演奏するのは富津市観光大使も務めるSaxPlayerのWaKaNaさんで、写真撮影が自由とのことなので富津市の議員も議場内で撮影していた。後ろに若者が多いなと思ったら新人職員の研修だったようだ。
 9時から始まったコンサートは30分で終わり、午前中は石井志郎市議と渡辺務市議の個人質問があるので、一緒に行った石井徳亮議員とともに傍聴する。2人ともベテランなので勉強になることの多い質問だった。
 大貫で昼飯を食べてから駅前庁舎に戻り、議場配布資料の準備や原稿の手直し、所管課との打合せを終えて帰宅。事務所でHPの更新作業を行いながら届いたメールを検討し原稿の微修正を続けた。
 
 13日より個人質問が始まる。今回から全ての順序を籤で決めているので、ここ数年間、初日には居ない人の質問を聞くことにも成り、それもまた面白い。今回は印象に残った簡単なMEMOを記載する。
自民クラブ 三上和俊議員
 水産業の進行と漁協の活用のため市の管理する金田の港で「フィッシャリーナ」を展開してはどうかという質問。保田漁協という先進事例がありながら誰も気付いていなかった制度に注目した点は流石である。
公明党 渡辺厚子議員
 奨学制度・フードドライブ等、6つの事業に絞って質問を展開。一問一答での掘り下げ方はなかなか聞かせる点があった。
新栄会 座親政彦議員
 小中学校の職員の労務環境を質問。残業時間は減少しているが休日出勤が増えている。この手の質問は組合出身だけに旨い。
一新の会 大村富良議員
 金鈴塚と同時期の国宝は12箇所で、最も新しく指定を受けたのは藤ノ木古墳であるとの事。差の大きさを改めて思う
共産党 佐藤多美男議員
 郷土博物館の著作権に影響ない資料の無償公開と情報発信が可能になる条例改正に動き始めたことが解る。
2015年12月議会質問で私が質問したことがほぼ2年かけて形になるのだが、ともかく動きが遅い。
 5人の質問が終わり、翌日の私の質問原稿のチェックを行う。答弁が想定以上に長くなり一問一答をどの程度削除するか、あらかじめ考えておく必要が有りそうだ。
 
 14日も個人質問で、この日の最後に私が質問する。
公明党 竹内伸江議員
 大規模災害時の避難所運営マニュアルの作成に女性視点の対策を講じるように指摘。東日本で指摘されていた点だが見落としがちである。
市民ネットワーク 田中紀子議員
 土曜保育の給食について、保育園では義務でなくても認定こども園は必要だという矛盾が示された。相変わらず資料が多彩で感心する。
一新の会 國吉俊夫議員
 交通安全上の疑問のある一時停止の取り締まりについての質問があった。感覚的には同意できるが県警所管の行為なので違和感が有る。
一新の会 篠崎哲也議員
 学校再編に伴う統合準備会への質問と学校跡地活用の要望があった。心情は解るが積極的な提案も聞きたかった
 この日の最後の質問者として私が登壇する。第一質問が19分に及ぶ長さなので執行部の答弁も33分間に渡り、一問一答の時間はわずか8分間に過ぎず、深堀が出来なかったことが反省点である。再質問が出来なかった項目は、後日最近思う事にでもアップしたい。
 この夜は自分の反省のため同僚の草刈議員を誘って木更津駅の東口に新しくできた居酒屋で軽く飲み、木更津駅から巌根駅まで内房線で戻ろうとすると快速の時間帯である。隣の駅に行くのに電車を見送る辛さを感じ、改めて快速列車停止に向けて頑張らねば、と決意を新たにした。
 
 15日は質問の最終日である。質問者が12人なので午前で終わる。
羅針盤 平野卓義議員
 オリンピックキャンプ地誘致活動の一環で、この日の午後にナイジェリアの大使館から交通アクセスや運動施設・宿泊施設等の視察が入ることが明らかになる。単独の話でなく西アフリカ経済共同体15ヶ国(
参照)をかずさ四市で受け入れるかという話で、早く具体的な話を知りたい。
共産党 鈴木秀子議員
 就学援助の基準が袖ケ浦市では生活保護の1.5倍まで拡大されているが木更津市では1.3倍に留まると改善を要望。しかし木更津は一般的な値であり、子供の貧困対策を何処まで拡大すべきか私も悩む点だ

 質問が終わって昼食の休憩が入り、午後から大綱質疑が行われた。田中・佐藤・鈴木の3名より質問が行われ、農業委員会委員の人事案件以外を各常任委員会に付託して本会議は終了になった。齋藤議長等はナイジェリア対応を行っていたが私は帰宅し、雑務を終えてから夜は質問等の慰労を行った。
 
 16日は、議会が休会なので前日から体調が悪く深夜に嘔吐した娘を病院に連れていき、終日時々読書をしながら、看病を続ける。終日、まったりと過ごさせていただいた。
 
 17日は家族全てが午前中の都合が悪いため、私が一人で子守を行う。前夜に吐いた娘も元気になっているので菖蒲が見頃を迎えている袖ケ浦公園まで行って子供広場で遊ばせることにする。よちよち歩きで芝の上を歩き滑り台を楽しむ娘と休日を過ごして昼に帰宅した。
 娘の昼食を作っていると私の腹具合が悪くなる。吐き気などは無いので気のせいだと思いながら娘と遊び、午後3時に帰宅した母に娘をみて貰い、私は着替えて市長の後援会の総会に出席する。
 浜田代議士・森県議、齋藤議長を始めとする多くの市議会議員が出席する中、後援会の総会兼市政報告会と懇親会が行われた。途中から私の体調が再度悪くなり、二次会のお誘いなどを戴きつつも早々に帰宅し、急遽下痢に成った身体を休めるべく早めに床に着いた。
 
 18日の日曜日は下痢止めを呑んで後輩の告別式に参列する。奥さんも良く知っているだけに48歳の若さは辛い別れである。帰宅後は安静を保ち、夕方までになんとか体調を整えることが出来た。
 
 19日は午前中に溜まってしまったHPの更新作業を行う。午後から市役所駅前庁舎に行き特別委員会の調整を行った後、朝日庁舎で打ち合わせてから下のスーパーで買い物をして帰宅。まだ本調子でないので早めに休憩した。
 
 20日は総務常任委員会が開催される。委員長から委員に戻ると私より期数の少ない2人が正副委員長になったために末席での会議である。委員会に付託された案件及び協議会案件は下記の通りである。
区分 番号 内容(件名とは異なる) 関係部
委員会 議案38 一般会計補正予算(1号) 企画・財務・総務
議案58 非常勤特別職の報酬条例の一部改正 総務
議案59 職員の育児休業条例の一部改正 総務
議案66 工事請負変更契約の締結 総務
協議会 No.1 平成28年度行革推進計画の取組結果 総務
No.2 補助金・負担金の見直しに関する基本方針(素案) 総務
 補正予算は地方創生推進交付金の採択による見直しと任期付き職員としての保育士採用である。待機児童は6月1日で既に124人となっている中、10人の募集に対し8人が応募しただけで、さらにその多くは現在臨時保育士として働いている方なので実質的な増分が極めて少なく待機児童の年内解消は絶望的である。やはり一刻も早い民営化が待たれる。工事請負変更契約は庁舎解体工事に伴いアスベスト撤去が生じたためで、担当課は私が技術的・専門的な質問を行うのではと準備をして望んでいたらしい。他の2案件はさしたる問題点は無く全案件とも全会一致で可決されて協議会に入る。
 No.1は例年の事で行政改革が目標に対してどの程度進んだかという報告である。達成率の尺度が感覚的で数値目標の導入が望まれるという意見が出された。No.2は総論としての補助金見直しであるが、長年の慣行もあって実施は難しいだろうと思うし、民間の力を借りて自治運営を行うという視点が抜けると単に補助金切りに繋がりかねず渡辺市政と逆行するメッセージに成りかねない。28日の協議会に向けて変更が望まれる点も指摘させていただいた。
 委員会は午前中で終了する。昨年は夕方までかかっていた事が多かったことを考えると不思議な感じである。食事を摂って基地対策の打合せを終えてから庁舎を後にし、議案66号の状況を把握するため消防本部前から解体作業を見学する。一旦帰宅して雑務を片づけ、夜は総務委員会の情報交換を行った。
 
 
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2017年6月下旬の記録