49.5月上旬の活動記録
 1日は市内で雑務を処理し10時から市民活動支援課と江川区の打合せに参加する。これは土地開発公社から市が購入した土地の一部を集会所の建設用地に借用し年度内に完成させるためのものであるが、千uを越える土地に消防詰め所や他の公的機関の移設なども検討されているため借用の範囲が決まらない。基本的な考え方での合意をしながら関係機関への調整を市民活動支援課が行うことや造成計画高さをどう設定するべきかなどの課題を残して打合せが終了した。その後に市内で所用や挨拶回りや諸調整を済ませ夕方に娘を学童に迎えに行った。帰宅するとタブレットに佐賀空港隣接用地を駐屯地用地として売却することが決定されたことが防衛省北関東整備局から報告されたと通知が届いていた。暫定期間終了まで丁度残り800日の状況であり、今後のスケジュールについて市民が理解できる内容の報告も期待したいところである。
 
 2日は朝から爽やかに晴れて風が吹いていた。仕事も空き絶好の撮影環境だと判断して袖ケ浦市の中川橋近くの鯉のぼりを見に出かけた。
 平日の朝9時であるが数人のカメラマンが写真撮影を行っており私も暫く5月の風を感じていた。次いで木更津市と君津市を飛び越え富津市のイオンモールに先月から開設されている図書館を見学に出かけた。先月中は選挙に拘束されて動けなかった分を一度に取り戻すかのように行動する。
 富津市立図書館の入口にはマナーを守りましょうと言う看板が置かれSNSにアップする際には人の顔が解らなくなるように加工することや書籍の中身は著作権侵害なので撮影できないと書いてあった。つまりそれを配慮すれば撮影は出来る事を受付で確認した上でのアップである。
 富津市立図書館に関する感想は多いが長くなるので最近思う事にまとめて記載するのでそちらを参考にしていただきたい。個人的に面白そうな蔵書を読んでいたら正午を回ってしまった。選挙期間中は読書をしなくなる日常が正しいとは思えないが如何ともし難い。
 富津で食事を済ませて木更津に移動し、駅前駐車場に車を停めてから連休明けから利用が可能となる成就寺の駐車場を確認してから駅前庁舎に登庁して午後2時に議長応接室で開始される議長経験者会議に出席する。これは先月末で全員の任期が終わるので意志決定を出来るものが居なくなるため、臨時的に改選後に設置される会議である。
 この日の議題は9日に予定されている初会合の進行と16日に予定されている臨時議会の運営についてであり、本来は議会運営委員会が決める内容を16日まで議会運営委員会が無いための代替機関として存在しているが基本的にはアドバイスはするものの承認行為である。初会合で今年度職員紹介が行われ、臨時議会では議長選出といった人事だけでなく専決処分の承認が委員会付託を省略して行われることも決定した。
 その他に申し合わせ事項の変更案についても審議されたが、決定権は新に設置される議会運営委員会になるので、この場での決定はどの様な意味を成すのか解らない。また敢えて提言しなかったが議会基本条例を改選の度に全員の共通認識として再確認する場を何時にするかという課題もある。個人的には来年度には議会改革の委員会を設けて前記の議長諮問で宿題となっていた旅費規程や広報などの諸課題を検討する一環として対応することが適正だと思うので発言しなかった。
 この日の午前中には羅針盤に加入することを決めた新人議員の連絡があり、会議終了後には他の会派が新たなメンバーを加える事の報告もあり議会の枠組みが少しづつ決まってきている様子が見られる。広域議会への出向議員も16日の臨時会で決定されるため、単にやってみたい議員を選出するのではなく木更津市民の福利向上に繋げることの出来る議員を調整の上で送り出せるように会派という単位を通じた諸調整が今後も続くことに成るのである。そして多分最大会派に成るであろう羅針盤の代表を務めることになる私は胃の痛い日々が続くことになるので、せめて連休中には日帰り登山でリフレッシュせねばと思いながら深夜にHPを更新しているのである。
 
 3日は10時過ぎに太田山口で開催する木更津舞尊のオープニングイベントと開会式までを見てから家に戻り昼前に高速バスで里帰りする妻子から荷物を車に積み込む。よさこいの演舞が見られなかった事は残念だったが賑わいが戻ってきたことは感慨深いし、多くの知人に挨拶できたことも嬉しかった。
 中里の鯉のぼりもクレーン2台に増えており青空が気持ちよい中、自転車で万石区の集会所に行き2時開催の総会に出席する。昨年の事業報告を読むと猪防御柵の設置に多大な労力を割いていたことが解る。また小櫃川の堤防に空いた排水穴の対応も今後の課題であり、行政の対応を確認せねばと思う。
 午後4時に自宅に戻り交通情報を確認するとアクアラインでは予想通りの渋滞が始まっており、HPを更新してから自宅で夕食を摂って入浴も済ませ夜になって妻の実家に向かい、夜10時前に到着して泊まった。
 
 4日は早朝に起床して妻の実家を起点に群馬県上野村の奥の県境にひっそりと聳える帳付山[1,619m]へ日帰り登山を行う。山には人が少なかったが麓に降りると秘境といわれる地域にも多くの観光客が訪れており、特に神流鯉のぼり祭りには多くの人が訪れて川遊びも楽しみ、出店には列も出来ていた。
 昭和56年に始まったと云うから学生時代には3年目のイベントを観たことになる。7年前の諏訪山の帰りにも見学しており、個人的にはなじみ深いイベントで4年ぶりの開催はコロナ空けを実感させるものであった。この日も妻の実家に泊まり、疲れ果てて早々に眠りについてしまった。
 
 5日は早朝に帰宅するつもりが妻子の準備に手間取り9時過ぎの出発となった。想像以上にアクアラインの渋滞は激しく、木更津まで3時間近くを要してしまった。帰宅して荷物を降ろしたら直ぐに本郷にある新御堂寺へ向かい巌根こどもフェスティバルを見学する。
 既に昼を回っていたが、それでも多くの親子連れがこどもの日のイベントを楽しんでいた。娘も焼きそばやかき氷を食べて人生最初の「型抜き」を楽しむなど満足した様子であったが、帰りに近くの百円ショップに立ち寄ったときの方が嬉しそうだった。その後は自宅で山の片付け等を行った。
 
 6日は朝から娘が一輪車の練習をしているのを励まし、その後は事務所で登山記録の整理やHPの更新、週明けの会派会議の準備などを進める。選挙期間で先送りになっていた仕事も多く、長時間机に向かい続ける事になったのであった。
 
 7日は雨となる中、事務所で6月定例会に向けた質問通告の準備を始める。過去の質問を読みながら過去の経緯を知らない新人議員にも解るような話を中心に進めようかと考えていると、やはり娘が事務所に遊びに来て一輪車の練習に付き合わされる。
 誕生日も充分に祝ってあげられなかったからと元選挙事務所だった車庫がガレージに戻った空間を利用して子供と遊ぶ日曜日を選んだ。
 
 8日は起床すると警報級の雨が降っていたので訪問して打ち合わせる予定の内容を電話で済ませながら前日の作業の続きを行う。10時を回ると雨も止んできたので銀行などの所用を済ませて回り、昼過ぎに駅前庁舎で作業をするため西口立体駐車場に入ると営業終了の案内があった。
 明日から料金収受機会などの撤去作業を行い、その後に解体作業を行う計画であるが、次の建築を前提に必要最小限の撤去を計画しており、杭等の地下構造物は残される物が多いように聞いている。何れにしろ新庁舎建設に向けた最初の具体的な行為が始まるので市民の注目を集めることだろう。
 駅前調査の会派室に入り、翌日の会派会議の準備を行いながら登庁していた他の議員と意見交換を行ったり、地元の自治会が農林水産課に相談に行くのに立ち会うなど、午後3時まで在室し、その後は市内で所用を済ませて帰宅し、最後の新型コロナウイルス感染者情報に合わせた最近思う事を更新して夕食後に活動記録を含めたHPを更新した。
 
 9日は朝のうちに私的な仕事を処理して10時に駅前庁舎に向かう。
 この日から駅前庁舎の職員が使用する公用車や来庁者用の駐車場が成就寺に開設されているので、そこに停めて登庁し会派室に対象となる課長を呼び今回予定している質問の調整を始める。11時半からは新たに吉田眞紀人・吾津松太郎・齊藤秀樹の3人を加えた7人の羅針盤を結成し会派会議を行う。
 会派代表には私が就任し、経理責任者を吾津議員として会派の設置を事務局に申し出る。その後に所属委員会の確認や当面の代表質問や決算及び予算委員会の担当等を決めて昼食を摂り、午後からは議会HPに使用する写真撮影等を済ませて2時から初会合に出席する。議長が不在なので進行する座長は慣例で最多当選者である三上議員が務め、臨時議会の進行や仮議席を決め、今年度の課長以上級の局員紹介も行われた。部長級職員14人のうち女性は議会事務局長だけであるが、課長級以上では85人中の20人を占めるように成って、女性の登用が進んでいる事を感じ、既に年上の幹部職員が居なくなったことも実感した。初会合終了後に松井・安藤の新人議員を加えて3人の交渉会派に成った新栄会と公明・自民の代表者に集まってもらい会派室の移動について調整を行う。羅針盤と新栄会は現在の場所では手狭なので羅針盤が自民クラブの部屋に、自民クラブが会派要件を失った扶桑クラブの部屋に、新栄会が羅針盤の部屋に移動する事などを確認して打合せを終える。
 その後に企画部と打合せを行って帰宅しようとすると妹から父が倒れたとの連絡が入り急いで帰宅し、状況が良くないので救急車を要請して中央病院に行く。幸い命に別状は無さそうだが入院することとなり、後の手続きを姉に任せ、予定より2時間遅れて会派の結団式に出席した。
 
 10日は午前中に私的な仕事を処理してから、前日の初会合で渡された供託金の返還に関する手続きを執りに選挙管理委員会に向かう。
 健康こども部との間の壁に昨年度末に廃園となった鎌足保育園への感謝メッセージボードが置かれていた。昭和50年に定員70名の施設として開設されたが、最も園児が多かったのは昭和53年度末での35人で、その後は園児が減り昨年度は一年間休園していたが議会議決を経て廃止されたのである。
 保育園は違うが娘も卒園したばかりなのでボードに記載された保護者のメッセージには心を打たれながら選管で手続きを済ませ、その後は法務局に移動して手続きをする。4年ごと5回目の手続きのはずであるが前回のことを覚えていないことには驚かされる。帰宅してからは21日に岩根西まちづくり協議会の総会終了後に行う講演の準備を進め、夕方には娘を学童に迎えに行って夜は溜まっていた報道番組を見ていた。
 
 
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2023年05月中旬の記録