天園 159m 神奈川県鎌倉市
2022年12月28日登山:S井と2人
 
 年末に富士山の見える山に行きたいとS井から提案があったが、彼の膝の調子が治らず高低差のある山は厳しいという。おまけに夕方には用事があるので遠征も難しいというので関東百名山の中でも最も標高が低い鎌倉アルプスの天園を提案して賛同を得る。鎌倉市や横浜市の最高所を通るが所詮は丘だと思いつつも通勤渋滞を回避するために早朝の出発とした。
 
 朝6時に起床して登山と温泉の荷物を準備してS井を待つ。予定通りに6時半に到着したS井の車に荷物を積み込みコンビニで朝食を購入してアクアラインを渡り前日のうちに検索していた建長寺近くの駐車場に車を停める。平日1日800円は大船や藤沢を含め、調べた範囲で安価であった。荷物を用意して7:42に歩き始めた。
 建長寺に着くと8時半の開門までハイキングコースには入れないと言う。30分程度だから待つつもりで居たが寒さが染み込む。駐車場にあった地図ではハイキングコースの起点の明月院も近いことを知り、そちらから歩くことにした。傾斜地に造られた住宅地を抜けてハイキングコースに入る。東側の横浜市は市境近くまで開発を進めており森を保全している鎌倉市との対比が面白い。勝上山から建長寺を見下ろし、十王岩から鎌倉市外を一望するなどの展望も楽しめ、遅い紅葉の中も歩くことが出来て快適である。街が近いためかマスクをしているハイカーが多いのと、大平山の近くがゴルフ場になっていることが興ざめであるが、快適な気持ちのまま天園も通過して瑞泉寺口に下山したのは10:02であった。
 
 梅の花が咲く鎌倉宮に参拝して鎌倉駅まで歩き、年末なので奮発して鎌倉ハムのステーキ(2,800円)などを食べながら後半をどうするか相談する。江ノ島電鉄と湘南モノレールを乗り継いで大船に出て横須賀線で北鎌倉に戻るという乗り物満喫コースも考えたが、西側にあるハイキングコースも楽しもうかという話となり大仏からだと長いから途中からで良いかなと銭洗弁天を目指す。財布にあった小銭の250円を洗って、そのうち100円を賽銭に入れてから再びハイキングコースに入って浄智寺まで歩く。外国人も多い中で北鎌倉に出て駐車場に帰り着いたのは13:37であった。鎌倉を一周するハイキングは終了した。
 
 車で横浜市栄区の田谷温泉に行くと圏央道の建設工事が順調に進んでいた。数年後には旧東名を使わずに関西に行ける日が訪れそうだと思いながら湯に浸かり、木更津には4時に帰着した。用事があるS井と別れ、この夜は帰省している友人と自宅で夜遅くまで飲んだが、鎌倉アルプスを2万歩以上も歩いているが筋肉痛を感じることはなかった。
高鈴山 623m 茨城県日立市
2023年01月29日登山:W辺と2人
 
 昨年の飯森山に続きW辺のリハビリ登山を考えていると10年に一度の寒波が列島を襲い茨城でも雪が積もった。標高が低い日立アルプスでも高山の雰囲気が楽しめるし、何より鮟鱇が食べたいと思い土曜日の夕方に家を出て印西に住むW辺を拾って日立駅前のホテルに車を停め格子屋で酒を楽しみ、部屋でも木下で購入してきた日本酒を飲んですっかり深酒と夜更かしをしてしまった。
 
 朝8時に目が覚め登山用の服装に着替えてから外に出て日立駅に併設されている妹島和世さん設計のシーバーズカフェで朝食にパンケーキを食べる。快晴で海が綺麗である。駅前の新都市広場を見てから駐車場に車を取りに行き、登山口の御岩神社を目指す。峠を越えると雪が増え、神社の参道は真っ白だった。
 10:12から歩き始めて神社の参拝を終えて登山道に入ろうとすると「入山禁止」と成っており封鎖作業をしていた地元のボランティアの方がトンネルの方から入山するのなら問題ないと言うので再び車を移動して10:56から雪道を歩き始めた。
 雪がなければ物足りないくらいの従走路も石に雪が付き難易度が少し上がっている。足元が安定しないW辺は一歩一歩噛みしめながら進んでいる。ただ多くのピークには巻道が付けられており往路には全ての頂を踏み復路は巻道で帰ることを決める。御岩神社へ下る道はロープで封鎖されていたが、それ以外のハイキングコースは全て通行できる状況で御岩山[530m]のピークからは那須や日光の山並みも遠望できて快適である。W辺のペースに併せて従走路を進み巨大な雨量レーダー観測所の建つ山頂には12:17に到着した。北部の展望が良く太平洋も見えたが日光や筑波方面の展望は楽しめなかった。記念写真を撮り休憩し12:30に帰路に着く。帰りは全てピークを巻いたので快適に歩け駐車場には13:27に帰り着いた。
 
 昼は道の駅お魚センターと決めていたが、午後2時近くになると空腹が酷く、温泉の前に飯にしようと言うことで意見は一致する。賑わう道の駅に到着し受付で待たされてからシラス丼と昨日食べられなかった鮟鱇の唐揚げを食べて満足する。食事を摂りながら近くの温泉を検索すると常陸太田に入浴したことのない公営の温泉があることが解り道の駅から水平に10kmほど移動して午後3時半にやっと温泉で冷えた体を温めることが出来た。
 
 那珂ICから常磐道に乗り圏央道の牛久阿見で降りて渋滞する利根川の橋梁を渡ってW辺を自宅前に降ろし、良く流れていた国道16号線で木更津に帰ったのは午後7時40分であった。アウトレットで渋滞しているかと思った金田地区も空いており、コストコの給油所でガソリンを満タンにして自宅に戻り、家で夕食を食べた。
帳付山 1,619m 群馬県上野村
2023年05月04日登山:単独
 
 選挙に多用で登山間隔が空いたが、一段落して時間が取れるようになり、連休の天気は良いという予報を聞くと山に行きたくなる。妻子を新座市にある実家に迎えにいく予定も有ったので、関越道で延長線上となる西上州に残された関東百名山に登る計画を立てた。
 3日の仕事を終え夜8時過ぎに自宅を出発し、先に電車で帰省していた妻の実家に荷物を届けて床に着く。翌朝は寝過ごして5:20に妻に起こされ慌てて出発。コンビニで朝食と昼食を購入して標高1,000mの天丸橋には7:40に到着した。橋から先は通行止めになっており狭い駐車スペースしかなかく既に3台が停まっていたがその横に何とか入れる事が出来た。連休中でもマイナーな山は空いている。昨年の日留賀岳も似たような状況だったと考えながら7:48に水量の少ない渓流に沿って登山を開始した。
 
 新緑が気持ちよい中で標高を稼いでいくと後から来た若者に抜かれる。ヘルメットを被っているので岩でも登るのかなと思い先を譲る。少し登ると私と同世代らしい方が大山分岐を左に進むが私は体力温存のため大山はパスする。標識に沿って群馬百名山の天丸山を目指すと目の前には岩峰が近づく。あれかと覚悟するが鹿岳のように歩けるかと楽観したものの麓につくとほぼ垂直に50mの標高差を登ることが明らかになった。成るほどヘルメットは必要だと思いながらザックを降ろし手袋を装着してカメラだけを首から下げて岩に取り付き11分後に三角点のある天丸山[1,506m]に到着した。大山を経由してきた先の若者が登ってきたので写真を撮ってもらう。「私はもう二度と登らないと思います」と彼が話すが同感である。彼に先に降りてもらい9:44に頂を後にした。ロープも活用して慎重に降りてザックを背負い従走路に戻る。アカヤシオの花が増え始め、岩場には意外と巻道が多く付けられている中で先の若者を含む2人と擦れ違い、帳付山には11:25に到着した。展望の良い岩の上には親子が休憩しており私と入れ違いに下山を開始した。他のルートもないので、私は5人目のようである。見渡すと浅間山の雪は消えており遠く白い北アルプスが望めるが気温が高くて透明度が低く、八ヶ岳だけが春の雪山であった。岩の上で昼食にしようかと思ったが蟻がまとわりつくので少し戻って食事にした。
 正午に下山を開始し、大山分岐で別れた方と擦れ違い親子連れを抜いて馬道分岐に到着する。下山は社壇乗越を経由するルートを選び新緑やツツジの花を満喫しながら13:39に林道に出た。車道を歩き続けるが小石が散乱する程度で通行止めの理由が解らない。せめて橋近くの駐車可能な広場まで解放すればよいのにと思いながら14:08に車へ帰り着いた。行動時間は6:20で想像より早い下山であった。
 
 道の駅や恐竜博物館は入場待ちの車両がいるほど混雑しているので埼玉県まで戻ってから汗を流す事を決めて進むと神流町万場地区で4年ぶりに鯉のぼりまつりが開催されていたので立ち寄ってコロナ明けの風景を満喫する。神川町の白寿の湯で服を着替え、妻の実家に泊まり、翌日の午前中に渋滞するアクアラインで帰宅した。
中倉山 1520m 栃木県鎌日光市
2023年07月07日登山:S井と2人
 
 七夕の金曜日は登山のため休暇を取得していたS井から34年前に展望が得られなかった日光白根山のリベンジをしないかという提案があり、2日前に調べてみると当日の15時頃まで晴れそうだと解り実行を決定し、早朝に私が彼を迎えに行く計画とした。
 
 朝3時に起床して4:10にS井宅で荷物を積み込み夜明けの京葉道路に乗る。東北道の北上中に雲が厚くなり助手席のS井が携帯で調べると日光方面でも雲が有り正午過ぎには広く曇りそうであった。丸沼高原からロープウエィを使うつもりであったが山頂で曇ってしまう可能性が高いので、急遽行き先を『孤高のブナ』で有名な中倉山に変更する。栃木ICで降りて粕尾峠を越えて足尾に入ると青空が広がっていた。銅親水公園駐車場に車を停め7:17より歩き始めた。
 地図を確認せず橋を渡り公園でトイレを使おうとすると9時半まで使用できないと記載されていた。キャンプされないための対応とは思うが不便である。公園からショートカットするコースも無いようなので他の方の登山記録を携帯で確認すると道路で大回りすると解り堰堤の写真を撮影して再び橋を渡ってゲートを潜り、鉱毒事件で1902年に廃村となった松木村の中を歩き始める。平日なので現場に向かう工事車両が通り、NPO法人による植裁体験の場所も見ながら道を進み、看板も設置された登山口には8:24に到着した。気温が上がる中での急登は厳しく互いに寝不足で本調子ではないため小休止を多く入れる。木立が多くて木陰が続くのは救いである。山頂下の分岐は右手に進み展望を楽しみ一気に展望が開けた山頂には10:17に到着した。松木渓谷側には木がなく岩場ばかりで百年前の公害の傷跡が今でも明確なことに驚かされる。山頂で休憩していた青年に記念の撮影をしてもらい、山頂より少し西の孤高のブナまで進み10:26から大休止する。
 関東百名山にも選ばれるべきほど爽快な稜線であり、体力が有れば沢入山まで足を伸ばして展望を楽しみたいところであったが、運動不足と寝不足でそれは厳しいと意見が一致したので食事を終えて11時に下山を開始した。その頃には薄雲が広がって空気の透明度も下がり日光白根にしなくて良かったとか中倉山も素晴らしかったと話しながら一気に標高を下げ、車道に出てから道を横切る沢の水を浴びて身体を冷やし、透明な松木川の流れの中に身体を沈めたいという欲求を封じ込めていると多くのスタッフを乗せたNPOの車と擦れ違った。駐車場には12:56に帰り着き4:39の戦いは終わった。大型バスが駐車場に入り子どもたちが降りてきたので先ほどのNPOの方々から環境を学ぶのだろうと思って見ながら荷物を片づけ靴を履き替えた。
 
 帰路は日光を経由して温泉に入り、鹿沼で土産に焼売を購入しようとしたら15時に店を閉めた後だったので諦め、佐野に移動して「おぐら屋」のラーメンと餃子を満喫した。美味しい餃子も冷凍で販売しているので土産にしようか悩んだが、帰りの時間が長引くなり溶けることを想定して断念する。S井を19時15分に自宅に降ろし、木更津には20時過ぎに帰着した。ビールを飲んで長い一日を労った。
三国山 1,328m 山梨県山中湖村
2023年10月14日登山:S井と2人
 
 前日に杓子山か日向山に行こうと話し合い、朝7時半に迎えに来たS井の車に荷物を積んで出発したが、午後からの天候が悪くなることと高速道路に渋滞が発生していることから東名で行ける三国山に登ることにアクアラインに乗る前のコンビニで急遽変更した。
 大井松田で降りる頃には少し青空も見え始め午前中は展望が楽しめそうである。三国峠の駐車場を10:05に出発して南側に向かって歩き出し20分ほどで三国山の山頂に到着する。2006年版の地図では山中湖側の展望があると記載されているが木立で展望はない。紅葉には少し早いが従走路は爽快である。展望のあるアヤメ平に向かって歩き始めたが15分ほどしてS井が4km先のアヤメ平まで歩くと曇るかも知れないから展望の間違えない近くの明神山[1,291m]へ行こうと提案する。再び三国峠に戻って北側に向かって急登し11:13に山頂へ到着する。3回目の登山であるが1回目2回目は年末の登山であり、ススキの季節には違った風景が楽しめる事を改めて確認できたことが収穫であった。暫く展望を楽しんでいると雲が増えてきて空が白く霞み始めたので今回は登山終了と決めて峠に戻る。休憩を入れて行動時間は1:53で累積標高差は300mに満たない軽ハイキングであったが前日の酒を抜くには丁度良かった。
 
 下山して昼食を考え、今回は吉田うどんではなく昨年の金時山の下山後に食べた矢倉岳の麓の「万葉うどん」にしようと考え、到着すると山奥ににもかかわらず結構な賑わいであった。我々もわざわざ三国峠から移動してきたことを棚に上げながら昼食を執り、秦野でスーパー銭湯に入ってから新東名に乗って帰宅し、午後5時前に解散した。
No94 .2022/12-2023/10    ←No93No95→
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