| 38.1月中旬の活動記録 |
11日は朝6時半に持ち帰る荷物を車に積み込んでから一人で越生町の黒山三滝に行き高山不動尊を経て関八州見晴台に登る。下山後に昼食を摂って温泉に入り帰路に着くと風が強くなりアクアラインが止まったとラジオが伝えるので陸回りで帰宅し18時から江川消防団の新年会に出席した。
12日は朝から風もなく良く晴れて富士山も奇麗に見えている。今日も絶好の登山日和だったなと思いながらも朝から私的な仕事を片付け前日までの片付けと翌日からの準備を行い夕方にHPを更新して電車で帰宅する妻子を巌根駅まで迎えに行った。
13日は7:25に木更津駅に集合しアクアラインバスで品川に渡り新幹線で名古屋に出て名鉄に乗り換えて可児市に向かうと周辺に雪が積もっている。駅前の子育て施設に入っている喫茶店で昼食を摂ってから歩いて市役所に向かい、議会運営委員会の行政視察を行う。
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1.岐阜県可児市
市制施行 昭和57年4月1日
人口 99,262人(令和7年12月1日現在)
面積 87.57km2
令和7年度一般会計当初予算額 385億3千万円
財政力指数 0.87 (令和5年度)
視察項目 議会運営サイクルについて
視察は可児市議会の川上議長がパワーポイントを使用して説明して頂いたが、説明の開始と同時に可児市議会改革のキーマンだと解る熱量の籠ったマシンガントークであった。積極的に執筆活動を行い著作も多く、一般社団法人マニフェスト研究所の理事長でもある。保守系の議員として議会に当選し最大会派に所属していたが議会の在り方を考える中で会派を主体とした議会運営ではなく委員会を主体としたチームとしての議会に変えていった。予算決算も常任委員会として議会運営委員会には各委員長4人を含めた10人の議員が充てられており、議会は議案を議決することで議案の説明責任を持つ、と決めて積極的な議会説明会を行うだけでなく産業フェスに「議員と話そう」というコーナーを出したり、出前講座にも議員を派遣している。説明の内容はレジメは有るものの答弁などの対応については各個人を信頼して任せている。
決算審査の結果を予算に反映させるために全会一致の意見書を市長に対して提出したり、各委員会には検討事項を設けて議員間討議をして課題を明らかにして常任委員長の代表質問を行っている。なお会派代表質問は無い。執行部にも積極的な反問を促し議論が深まるように仕向けている。議会選出の監査委員も議会全体と情報を共有することで政策決定力を高めたり、改選でメンバーが変わっても切れ目なく議会改革が進むように引き継ぎ書を決議し、次期の委員会や議長はこれに拘束される体制にしていること、予算決算の質問を事前通告性として委員長が数字を聞くだけの質問を取り下げさせることなどをしていることも驚きである。更に議会のDXを推進したり高校生相手の主権者教育を行うなど可児市議会の進化は続いている。議会基本条例を制定した段階で安堵してしまった木更津市と、基本条例に従い市民に開かれた議会を具体的に進めている可児市との差は大きいと感じ、まず何から取り組むべきかと反省させられる視察となった。
議場を見学させていただき約2時間の濃厚な視察を終えて翌日の行程のため桑名市まで移動して宿泊する。内陸の可児市から海沿いに移動して暖かくなったように感じていた。
14日はナローゲージの三岐鉄道北勢線を終点まで乗りいなべ市に向かう。平成の大合併で誕生した都市であるため農村的なイメージを持っていたがトヨタやセメント工場等の税収に支えられ奇麗な市役所が建設されていた。行政棟と議会棟は別になっており、議場への入り口に市民の声が貼り出されている段階でいなべ市議会の本気が見えて来る。
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2.三重県いなべ市
市制施行 平成15年12月1日
人口 44,342人(令和7年4月1日現在)
面積 219.83km2
令和7年度一般会計当初予算額 282億6千万円
財政力指数 0.76 (令和5年度)
視察項目 市議会の取組について
いなべ市議会で渡辺議長、議会運営委員会の片山委員長・清水副委員長出席のもとで視察が始まった。平成29年に議会基本条例を制定するとともに議会検証評価特別委員会で毎年の課題・成果を整理して翌年に繋いでいる。令和4年度には成熟度評価モデルを用いて議会を検証し、翌年の令和5年度に行動計画を策定し市民と議会の意見交換会や議会モニター制度を活用して市民に信頼される議会を目指してきた。
議案が上程され委員会審議に入るまでの間に委員長が選んだ幾つかの議案を市民に公開して意見を求めて審査に反映すること、議会検証評価委員会を3つのグループに分け各リーダーとサブリーダーに新人議員を充てることで成熟度を高めていくこと、委員会の所管事務調査を通じて予算編成までに事業を評価して提言を行うこと、定例会後に議員懇談会を開催して審査などを振り返り議会の力を高めることなど本市にも参考に成ることが数多く示された。議長が市長に対して一般質問を行ったり、質問通告書に「質問によって何を図ろうとしているのか」を記載させデータや根拠を示すようにすることには、目から鱗であった。昨年11月の改選で18人中7人の新人議員が入り40代が4人、50代が3人と若返る中で渡辺議長も2期目で務めるなど若い力で牽引しているようだ。三重県では四日市市議会等も先進的な取り組みをしているので古参の議員も理解しているようだが房総半島でどこまで取り組むか、今後の議運で検討を進めようと思う。
視察が終わり駅前まで送ってもらい複合施設の食堂でランチを摂る。目前の藤原岳は20年前に登っているのであるがその当時の記憶が明確ではなくこの様な施設が無かったと思いながら雪山を見ていた。13:39の三岐鉄道で桑名に出て新幹線で帰宅する。皆は品川から高速バスに乗ったが私は海上自衛隊前で降車するため一人で八重洲バスターミナルへ回った。
15日は溜まって居る雑件を処理し、来客対応や私的な仕事をしていると夕方に成ってしまった。行政視察の整理を行いHPの更新作業を始めたが娘を迎えに行く時間となってしまい、作業を途中で終えて夕食後は立憲民主党と公明党が新党を造るというニュースなどを見ていた。
16日は前日に取り掛かったHPの更新を午前中に終えて、着替えて駅前庁舎に登庁し議長室から定点写真を撮影して木更津駅から内房線に乗り、午後2時半からのかずさ四市議長会議員研修会に出席するため袖ケ浦市役所に向かう。講師は一般社団法人地方公共支援機構の上席研究員である渡辺太樹氏で「議会が行うべき政策議論・政策提言とは何か」と題してデータに基づき人口問題の課題を明らかにして4市の議員でグループ討議を行うという形式であった。私は2024年9月の会派代表質問で膨大なデータを用いた質問をしているので状況を把握していたが、他市の議員と政策的意見交換を行うというのは新鮮であり楽しかった。 |
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他市でも同じように講演を行っている講師によるとかずさ四市の議員は議論の進め方が良く、議員間討議を議会基本条例に盛り込んでいる自治体より熱心に議論をしているという事である。この様に課題を明らかにして議員間討議を行い委員会から提言するという手法の採用も良いかなと思い、懇親会にも同席していただいた講師と話をすると明日は三重県いなべ市に講演に行くということであった。新人議員も増えて議論が低調になっているということであり、視察が続いているようでもある。粕谷市長も懇親会に参加していただいていたので2次会も楽しんでから内房線に乗ったが、油断して快速列車に乗ってしまい、巌根駅を通過して木更津駅まで行ってしまったので駅前で飲んでタクシーで帰宅した。
17日は娘を請西の土曜学校に送ってから江川総合運動場陸上競技場に行き第47回木更津市民新春マラソン大会を見る。上空には防衛大学校のグライダー部が飛行訓練を行う中、走るわけでもないのにライオンズクラブが提供する豚汁もいただき、小学生の出発を見る。 |
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大会にエントリーしている人数は小学生251名を含む796名で、江川海岸までの往復を行う10kmを走るものも341名もいる。この日は黄砂が飛んで富士山が見えていなかったが海岸の展望を得られるようなコースも整備して富津岬に次ぐ陸上練習の聖地にしたいものだと考える。
帰宅して某文章の添削を行い、昼食を摂ってから着替えて迎えに来た吾津議員の車に乗り千葉市幕張で開催される片山さつき財務大臣セミナーに草刈議長も含めた3人で出席する。
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国会の解散に伴い当初予算が暫定予算となるが地方自治体に迷惑を掛けないようにするという言葉を信じたい。またレアアースについても2年以内に中国が輸出を制限しても問題ない状況を造るという話しも本当だとすれば西側諸国には朗報である。過去にも片山参議院議員のセミナーには何回か出席しているが今回は財務大臣となったためか県内各種団体の出席が多く、会場にはSPも目につき財務大臣効果を目の当たりにして木更津に帰ってきた。
18日は朝食後にスーツに着替え木更津市消防出初式に出席するため旧潮見庁舎駐車場に向かう。消防広場には千葉市の消防ヘリも停まっており、多くの家族連れが見学に来ていた。子供向けのイベントを増やしたことが浸透し式典の開始時間も10時と遅くなったことから多数の市民が来るようになったのであろう。
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大地震で倒壊した家屋からの救出という設定の細かい訓練を見終えて閉会後にジェスパルの売店に向かうと全て完売となっていた。焼きそばを予約しておくべきだったと思いながら帰宅して午後からは雑件を処理してHPを更新し、翌日からの行政視察の準備を行った。
19日は7:55に木更津駅に集合しアクアラインバスで羽田空港第2ターミナルに渡りANA653便で岡山空港に飛び公共交通では時間が掛かり過ぎる視察先のために今回は久々にレンタカーを借りて移動する。万が一の事故リスクを考えると公共交通を利用したいところであるが仕方がない。視察の前に会派のメンバーに現地を見ることも兼ねて岡山県が整備した「吉備高原都市」の中心施設である「きびプラザ」に行き江戸時代から続く伝統食の「くさぎ菜のかけめし」を昼食に摂る。木更津市のかずさアカデミアパークもバブルの産物に思うところが多いがこちらも岡山県が巨費を投じ過ぎてしまい維持管理が大変そうな施設を実感する。
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視察先の吉備中央町は、この吉備高原都市を担う賀陽町と加茂川町が合併して誕生した自治体で、町役場は吉備高原都市の中ではなく旧賀陽町の中心に設置されている。役場に到着すると西山議長と岡田副町長が外で出迎えていただき、2階に上がると多くの人の出迎えと立派な横断幕が設置されている。私も19年議員をしているが最も暖かな出迎えであり、西山議長さんに話を伺うと出迎えている人たちは議員で議長の依頼で来ていると知り恐縮しながら会派羅針盤の行政視察を開始する。
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1.岡山県吉備中央町
町制施行 平成16年7月16日
人口 10,040人(令和7年12月1日現在)
面積 268.78km2
令和7年度一般会計当初予算額 125億4千万円
財政力指数 0.28 (令和5年度)
視察項目 デジタル田園都市について
岡山県のほぼ中央に位置して自動車を利用した場合の交通アクセスは良好で地質学的に安定した地盤に恵まれている吉備中央町であるが、鉄道や高校・大学が無く若年層の流出が止まらず町の活力の低下が課題であった。令和2年に山本町長が県内の企業に打開策を相談すると吉備高原都市を活用して国の「スーパーシティ構想」を活用することを提案された。吉備高原都市は岡山県により昭和48年に整備された1912haの計画都市であり研究所や企業も数多く進出しているが平成14年度に県の財政再建のために事実上の凍結に成っていた。令和3年度のスーパーシティのエントリーに当たり町長を会長とする推進協議会が設置され岡山大学や日本政策投資銀行や多数の企業が参加しスケールの大きい官民連携体制を整えることが出来たが、国内ではつくば市と大阪市だけしか採択されず、改めて令和構想の中の緊急医療分野の提言を活かした「健康特区」として再提案を行うなかでデジタル田園都市として加賀市・茅野市とともに国家構想推進交付金の採択が成された。
地方の「不便・不安・不利」をデジタルの力で解決すことを目指し、有限責任事業組合吉備中央町インクルーシブスクエア(通称LLP)を設置し令和5年3月に町民向けの「きびアプリ」を開発し推進委員が公民館等で説明会を開催し普及を進めている。きびアプリは全てデジタルで対応するのではなくオペレーターへ電話で問い合わせることも可能であり推進委員が自宅を訪問して説明などを行うような細かな対応を行っている。アプリは庭の草刈りなどの困りごとへの対応や食料品などの買い物支援などが出来るようになっており高齢社会に役立っているため登録者が増加し令和8年1月時点で3千人がアプリを登録している。人口1万人の自治体なので相当の普及度であり、登録者の19%が60代、18%が70代など高齢者の利用が進んでいる。買い物支援では町の商工会と連携をしてアプリの中に地元の20店舗が出店する「吉備中央商店街」が設けられて10時までに申し込めば夕方までに配達されるもので令和6年度の利用実績は4614件になっている。配達のため価格を10%ほど高くしているというが利用者の多くが電話機能を使うために運営のスタッフが4人程度必要となり年間の維持管理費は6千万円となり町の財政への負担に成っているようだ。しかしスーパーシティ構想にチャレンジしたことで吉備高原都市の知名度も上がりそれまで年に10件前後だった住宅の着工数が近年では大幅な増加に転じ令和6年度では80件に近づき数年後には住宅地が完売する見込みとなっており4年間で高原都市内の人口は270人ほど増加し吉備中央町の人口減少を抑える効果は出ているようだ。因みに電線の地中化が成された街で区画の面積が百坪の土地が百万円で購入できるという点が魅力のようだ。企業用の分譲区画は完売しており最近では事務所の進出事例もあるので活性化の効果は出ている。今後の課題として町民の健康状況をアプリのデータにして救急搬送時に病院に提供するとともに岡山や倉敷総合病院まで平均63分ほどの搬送時間中に救急救命士が医師の指示に基づきエコー検査を車内で行えるようにして速やかな治療につなげる様にしたいのであるが法制度等の解決が必要になるため現在進行中とのことである。日々進化するよう務める姿勢に感心する。
研修後に奇麗な議場を見学させていただき視察を終え翌日の視察先である尾道市のホテルを目指す。せっかくレンタカーを使用しているので途中で社殿が国宝に指定されている吉備津神社に立ち寄った。
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既に夕刻で境内の清掃を行う中で参拝し、日没後に到着した尾道では昭和感の残る店で夕食を摂りながら木更津市でも視察対応に多くの議員が歓迎に駆け付けようかと提案するが、視察件数も多く対応だけでも大変と却下される。先日盛岡市議会が視察に来られた時には正副議長は議運の視察で出張中で佐藤委員長も他の用事と重なっていたので歓迎の挨拶を吾津副委員長が務めたことなどを話していたら20時半を回ってしまい、21時まで実施している尾道市役所屋上の夜間開放事業を見られなかったことは残念であったが既に尾道市では衆議院選挙に向けた掲示板が設置されていることを知るなど有意義な夜となった。
20日は朝6時に目覚めるが西日本にいるため外はまだ暗いのでシャワーを浴びて散歩用の服を着て6時50分から標高144[m]の千光寺山を目指して歩き始める。17年ぶりに視察に来た尾道市では前回も千光寺公園に来たがF未来の頃でロープウェイを使用したように記憶している。途中の尾道城は解体されて無くなり、山頂に着くと奇抜な展望台が出来ていたので尾道ファンである大学時代の友人に写真を送った。 |
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文学のこみちで千光寺に降りホテルに帰って8時過ぎに朝食を摂り、着替えてホテルのチェックアウトを済ませてロビーに集合し、レンタカーで尾道市役所に到着して9時半から視察を開始する。
2.広島県尾道市
市制施行 明治31年4月1日
人口 124,739人(令和7年11月30日現在)
面積 284.89km2
令和7年度一般会計当初予算額 675億円
財政力指数 0.51 (令和5年度)
視察項目 新本庁舎の建設について
尾道では議会応接室で岡総務課長より説明を受ける。平成の大合併で御調町、向島町、因島市、瀬戸田町を吸収し人口は約9万人から14万人を超えるまで増加したが人口減少が止まず財政も極めて厳しい状況に在る中で市役所の更新事業が進められた。旧庁舎に隣接していた公会堂を解体して庁舎を建設し移転後に旧庁舎を解体して駐車場とする計画で他市で視察した日建設計のデザインが気に入りプロポーザルに参加してもらい設計者に決めたということである。日建設計は造船の技術を活かして外壁を曲線の鉄板で覆い構造はしまなみ海道をイメージするトラス構造としたので斜材や海側にせり出す斜面の多い設計が特色である。市民のための建物を造り市役所が間借りするというコンセプトで市民が集まる空間を目指し、カフェや多目的スペース、護岸デッキや屋上展望広場などを設け閉鎖区画を分けることで夜間も市民に開放している。しかし市民からは立派なものを作るより安くあげろという意見が多く聞かれているようだ。満足している人は意見を言わないので、木更津市で駅前庁舎を建設し市民プラザの整備をしても同様の意見は多いだろう。
財政力に余裕のない尾道市としても日建設計と共に建設費の低減を目指して計画されていた吹き抜け空間を廃止して各階の床面積を増やすことで5階建てを4階に変更し執務室の床は打ち放しで天井材は設けず通信や電気配線は天井の枠から引くという省力化である。環境対策は諦めてZEB対応はしておらず節電や創エネには力を入れていない。それでも免震構造を採用し議場の天井は船底をイメージさせる木工とするなど必要な場所には資金を投じている。それで地下駐車場2,585㎡を含む延べ床面積14,497㎡の庁舎が旧庁舎や公会堂の解体工事を含み72億57百万円で成し遂げられたことのヒントを聞きに行ったのであるが、77億円の建築予算であったものが入札の結果59億円となり大幅な入札差金が出たことがコストカットの理由と聞き拍子抜けする。落札した清水建設は住友系の企業で住友財閥発祥の地である尾道市とは縁が深いために頑張ったのではないかという推察であるが真実は解らない。
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地下も含め市役所周辺に235台分の駐車場を確保し8百万円の年間管理料を支払っているが休日に多くの観光客が利用するため58百万円の料金収入が有るため年間5千万円の利益が出ている。72億57百万円の事業費のうち63億64百万円は合併特例債を充て、1億4千万円は社会資本整備総合交付金を使用しているので市の持ち出しとしては庁舎整備基金と一般財源を併せて7億53百万円である。15年の駐車場収入で取り返せると聞くと収益を上げるための駐車場という視点は重要であることを認識する。市役所利用者や議会の傍聴者は料金を無料にしていることは言うまでもない。現在教育委員会の約60人は別棟の教育会館に入居しており市の人口減少やDX化による職員減少が進んだところで新庁舎に入居させるつもりであったがコロナや経済対策事業に対応するため当初予定より職員が増えておりそれが課題ということであった。
議会応接室での座学の後に幾つかの空間を見学させていただいたが海に近くてクルーズ船に乗っているような錯覚をするデザインは素晴らしく外壁の鉄板は地元造船所で調達するため市の職員が直接訪ね歩いたと聞くと大手の設計会社とゼネコンに任せただけでない心を込めた建築なんだと改めて感心させていただいた。
視察を終えて新尾道駅前のレンタカー会社に車を返却し、その近くの東珍康で尾道ラーメンを食べてから新幹線で帰路に着く。前回と同様に品川から帰るメンバーと別れて東京駅に向かったが、今回は一人ではなく3人が一緒に回ってもらったのでバスの時間待ちに八重洲地下街で軽い打上を行って海上自衛隊前で降車して自宅に戻った。なお、この日は街中でかずさ青年会議所御OB会新年総会が開催されることは知っていたが事前に欠席を申し込んで休ませていただいた。帰宅すると議会事務局より衆議院選挙にかかる予算を専決処分した旨の連絡が届いていた。木更津市内にも間もなく掲示板が設置されるのであろう。
→2026年1月下旬の記録
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