阿蘇中岳 1,509m 熊本県阿蘇町
1992年1月1日登山

 元旦にW辺と九重山で御来光を拝もうと考えていたが朝の雪のために中止して観光のために阿蘇に来た。昼になると雪も止み視界が開けて来たので阿蘇高岳を目指して歩き始めた。
 砂千里ヶ浜の南側を通る道を歩き始めるが雪のためルートが分かり難い。地形も簡単だからと甘く見ていたが余分に岩場を乗り越えるなどのロスをして地図上のコースタイムである1時間半を越えて中岳に着く。おまけに山頂は霧の中で視界が短い。高岳は直ぐそばだと解るが諦めて下山をする。
 なお下の九重山や開聞岳を含め、登山前後の行程については自転車の旅である薩摩編を参考していただきたい。
久重山 1,791m 大分県久住町
1992年1月2日登山

 昨日は悪天候で登れなかった九重山であるが、本日は天気予報でも晴なので登り直しに来た。
 牧ノ戸峠に着くと既に大勢の人が登っているようで駐車車両も多く、登山道は踏み跡が沢山付いている。昨日のように迷うこともないだろうと安心して歩き始める。
 最初の170m程度の急な登りを過ぎると三俣山に続く連山の眺めも良く、快適な高原歩きが始まる。西千里浜で青空が広がり始め7年前に瀬の本高原を走ったときの記憶が蘇りながら久住山からの展望を期待する。
 しかし、山頂に到着すると雲がかかり、しばらく待てども晴れる気配がない。仕方がないので一度降りて中岳に有る最高点を踏んで来る事にする。その帰りに晴れてくれれば再度登ろうかと考える。
 中岳でも霧の中で厳冬期の冬山に登っているような雰囲気がしてくる。山頂を降りて昼食を作りながら天気の回復を待つが時折青空が見える程度で久住高原の展望を得ることは出来無そうである。その上今夜の宿は人吉盆地の奥なのでゆっくりしている時間もないので残念に思いながら下山した。  
開聞岳 922m 鹿児島県開聞町
1992年1月5日登山

 御来光を山頂で見るために暗いうちに宿を出発して登山口に向かう。南国とは言え日の出前はかなり寒い。冬服でヘッドライトを点けて登り始める。北側から登り始めた登山道が山頂の南に出る頃には明るくなりグラデーションが美しくなる。岩場のゴロゴロした登山道を登り詰めて山頂に着くが日の出までまだ時間がある。登りにかいた汗が冷え始めるし風も強い中で寒さに耐える。
 結局雲が上手く切れずに日の出を拝むことが出来なかったので記念写真を撮って下山する。一緒に登ったW辺以外の誰にも合わない時間帯である。
 下山して指宿に帰りYHで少し遅れた朝食を取る。言葉通り『朝飯前』の登山であった。登山前後の行程については薩摩編を参考していただきたい。
武尊山 2,158m 群馬県川場村
1992年3月28日

 ツアースキーに憧れているとS井がゲレンデスキーの板に取り付けるアタッチメントを見つけてくるし、K藤は国設武尊スキー場からの前武尊は容易らしいと言う情報を仕入れてくる。こうなるともう、行かねばならない。
 27日の夜にK藤家に集合してスキー場へ向かう。回数券を購入してリフト最上部まで上がり、そこからシール歩行を始める。皆初めての経験なので慣れるまでに一苦労する。勾配が急になるとK藤は板を担ぐしS井は息が切れて辛そうである。
 前武尊の山頂で一休みをしているときに沖武尊まで縦走しようと提案する。S井は疲れて行けそうもないと前武尊で待機と言うのでK藤と2人板を置いて向かう。雪庇さえ気を付ければ夏道より歩きやすいのではと思いながら山頂に到着する。眼下に滑り降りている人が居て感動し、出来れば山頂で話を聞きかったと思う。
 前武尊に戻りシールを剥がして踵を固定し、3人でゲレンデめがけて滑り降りていった。この快適さは癖になる。
恵那山 2,191m 岐阜県中津川市
1992年4月26日

 雨飾山で出会ったG藤さんに写真を送ってから文通が続いていた。春になったら一緒に山に登りましょう、という約束が叶ったのが連休直前の恵那山登山に成った。
 夜明け前に自宅を出て中央道を走り、早朝の塩尻駅で彼女を拾い、黒井沢林道の終点駐車場まで着いて登り始める。天気も良いし、いつもの男登山と比べても華やかである。
 登りながら彼女が高山植物の説明をしてくれる。山の名前は殆ど覚えるのに花は何度聴いても覚えられないのは今思えばバカの壁だったのかも知れない。
 野熊ノ池非難小屋に到着し、昼食とする。避難小屋とは言え、建てられたばかりの綺麗なログハウスに感心する。作ってきてくれたサンドイッチが美味しい。なお、この辺りから道に雪が多くなる。
 午後1時頃に山頂に到着。御岳を筆頭に山々の展望が素晴らしい。帰りには彼女の住む松本まで送り帰宅した・・・・事にしておく。
No07 .1992/1-1992/4    ←No06No08→
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