杁差岳 1,636m 新潟県胎内市
2014年08月12日登山:単独

 
 2014年から『山の日』が制定された。その日の前後は仕事を休める事が解り山に入ろうと企画する。しかし生憎の台風11号の通過で11日に山頂に居れるような状況でないことも解った。日帰りでも満足できるような山を考え、戸隠山以来となる日本二百名山の杁差岳に挑戦することにした。2005年版の山地図では往復のタイムは12時間。厳しい戦いになることを覚悟しながら、登山の準備を進めた。
 
 11日は登山口までの移動なので朝のラジオ体操に出席してから出発。関越道を走っている内に台風が日本海上で温帯低気圧に変わったとラジオから流れる。時間もあるので湯沢で高速を降り、南魚沼できりざい丼を食べ、胎内クアハウスで温泉に入る。台風が過ぎたのに雲は厚く雨さえ降る始めてきた。電波も入らなくなった山奥に辿り着いた奥胎内ヒュッテは想像とは全く違う立派な5階建てのホテルであった。夕食も「サーモンのスモーク、パテドカンパーニュ、ミネストローネスープ、白海老のパスタ、黄金豚のソテーと鯛のポワレ、季節のサラダ、パン、マンゴーリオレ、珈琲」と美味しいコースが並ぶので、胎内高原麦酒ラオホと胎内高原ワインを注文し贅沢な夜を過ごした。因みにホテルはダム工事の監督宿舎にも成っており、宿泊客は私だけだった。
 
 当日の朝は4時50分に起床し、荷物を整理して車に仕舞い専用タクシーで登山口に向かう。片道1時間の時間短縮で300円は有り難い。車を降りて5:41より登山を開始する。『足の松尾根』とは良く言った物で、松の根で歩きにくい急坂を登っていく。途中に岩場があると聞いていたが難易度は低く、水場分岐を7:59に通過する。約2時間も短縮したと喜ぶが長い尾根に疲れも出てくる。振り返れば二王子が近く、日本海まで見える。高曇りだが展望が有るなと思っていると、西の峰で登ってきた雲に巻かれ主稜線が見えなくなった。
 登山口から約1100mの高度差を稼ぎきった大石山には9:33に到着。稜線に出たので電波が入るようになりLINE等を送りながら大休止を取っていると視界が雲で奪われる。台風一過の快晴には成らなかったかと落胆しつつ、従走路を北上し始めるとお花畑が現れる。足もとの花に癒されている内に雲も切れ鉾立峰への急坂が目前に現れる。登っていると雲が流れ去り、後ろには膨大な飯豊の山塊が広がる。10:27に到着した鉾立峰からは日本海も見下ろせ、杁差も近い。結局このピークが最も展望を満足できる所になるとは知ることもなかった。
 鞍部に降りたところで腹が減ったので遅めの朝食を取り、最後の一踏ん張りをして11:13に山頂に到着する。朝から同じペースで登ってきた神戸の人に記念写真を撮って貰うと直ぐに山頂は雲に覆われ視界が無くなる。一人山頂に残り麦酒を味わいながら展望の回復を待っていると小雨まで降り始める。耐えられず11:40に下山を開始する。
 鉾立峰を12:08に通過、大石山に12:45に到着すると雨も止み、雨具を脱いで長い下りを降下し始める。水は900ccを2本、500ccを1本、さらに350ccの麦酒を担ぎ上げたが、朝から日差しがなかったので水の消費も少なく、途中の水場に寄ることも必要無く下山が出来た。展望もそれほどではないので好調に下山を続け、登山口には15:24に到着した。有り難いことにタクシーが停まっており、時間前だが奥胎内ヒュッテまで運んでくれると言う。汗と雨で濡れた服をタオルで拭き取り車に乗れば、約10時間弱の登山が終了した。
 
 奥胎内ヒュッテで日帰り入浴して服を着替え、三条で有名なラーメンを食べ、小千谷の道の駅に併設された温泉施設に立ち寄るが、既に足の筋肉痛の気配がし始める。湯沢から関越に乗り、谷川PAで仮眠した後、自宅には13日の午前中に帰り着いた。この時にはもう階段を降りるのが難しくなっていた。やはりハードな山であった。
弥彦山 634m 新潟県長岡市
2014年09月06日登山:F島と2人

 
 週末に登山をしようという計画を進める中で、腰痛が酷く厳しい登山は辛いというF島と、金曜に飲み会があり土曜早朝の出発が辛い私の意向が一致し、越後の低名山巡りをすることになった。
 
 土曜の昼近い10時に木更津を出発し順調に高速道路が流れ、太田のF島宅には12時に到着する。しかし、私が昼にテレビで取り上げられた太田の『茄子の蒲焼き』を食べたいとリクエストをしたのが失敗の元で、注文をしてから1時間以上も待たされることに成り、計画がずれはじめる。それでも午後2時過ぎに太田を出発し高速で三条燕まで走り、まずは弥彦神社の参拝を行う。到着時間は午後4時半に成っておりケーブルカーも終了時刻が近い。登山道は暗くなってくる事が明らかなので、弥彦スカイラインを使って車で山頂直近まで移動し、午後5時過ぎから登山を開始する。
 駐車場からの標高差は110m程度なので登山と言うよりハイキング未満の山ではあるが、それでも越後平野の独立峰の展望は快適で、空気の透明度が高ければ飯豊などの展望はさぞかし爽快だろうなと思いながら進み、山頂のある弥彦神社奥の院には17:23に到着した。ピークが神域に成っていて入れないとは思わなかった。よく整備された歩道を駐車場まで戻ってきたら売店などは全て閉まっており、寂しく往復1時間弱の登山を終えた。
 
 弥彦山ドライブウエイを降りて燕市温泉保養施設のてまりの湯で汗を流し、長岡駅間のホテル崇徳館に泊まって、翌日の鋭気を養うべく、夜の街に繰り出した。
米山 993m 新潟県柏崎市
2014年09月07日登山:F島と2人

 
 日本三百名山にも指定されている米山であるが、標高が若干低いために今までは食指が動いていなかった。ネットで調べてみると展望は素晴らしいという事が解り、今回の登山目標となった。
 朝7時に長岡のホテルを出発し標高237mの大平登山口に到着する頃には雲も切れて晴れ間が広がり始める。登山口に水道がないのが想定外だったが自販機で水を買う。8:50より歩き始め、林道を何回か横切り標高340mの登山口に着くと車が4台ほど停まっており、この先の米山林道が通行止めに成っていた。多少余分に歩くことになるのも愛嬌だろうと先に進むが、連続する急坂に久しぶりの登山となるF島が珍しく音を上げ無理かも知れないと言う。それでもスローペースで行こうと励まし標高を稼ぐ。
 急坂を登り切ると米山が見える小ピークとなり振り返ると佐渡島も良く見えている。標高の名付けられた711峰を越えて一旦下り、再度の急坂はガンバレ岩や水場に励まされる。土嚢袋を背負い挙げている青年が居たので話を聞くと山頂の浸食が進んでいるので、下から土を担ぎ上げているとの事であった。全く頭が下がる思いである。ブナの綺麗な森も終わり、爽快に展望が開けた山頂には11時丁度に到着した。
 山頂には四方の登山道から続々と人が集まり、賑やかな状況であった。南北の海岸美に目を奪われていると下の方からエンジン音が聞こえる。見ると青海川方面でモーターパラグライダーが飛んでおり、それが山頂に向かって迫ってきている。こちらが2時間もかかった道のりを瞬時に舞い上がり声を掛け手を振るので手を振り替えした。よく見ると2人乗りで山頂の上空を気持ちよさそうに旋回していた。
 爽快な山頂でおにぎりを食べのんびりし、地元の人達に苗場や越後駒の方向などを教えて貰う。わざわざ千葉から米山に登りに来ていることと、国境稜線近くの山を詳しいことに驚かれた。去りがたいほど気持ちの良い山ではあったが11:43より下山を開始しし、急坂に膝が笑いそうに成りながら歩き、駐車場には12:57に帰り着いた。往復約4時間という時間以上に満足感が有った登山が終わった。
 
 登山口にあった割引券に誘われるように柏崎潮風温泉に行って汗を流し、露天風呂で爽やかな日本海の風を受けた。街中から見ると米山が一人聳えていた。山道を越え、塩沢でへぎ蕎麦を食べてから高速に乗り、太田のF島家には午後5時45分に到着した。荷物を降ろして別れた後、私が嫁を貰うことの報告を忘れていたことに気が着いた。
 
御坂山 1,596m 山梨県富士河口湖町
2014年09月12日登山:S井と2人

 
 富士山の見える山に登りたいが、翌月のアクアラインマラソンの負担に成らない山に登りたいとS井が言う。当方も杁差で感じた体力の衰えを取り戻したいと意見が一致し、手軽な山に行くことにした。週末の金曜日ではあるが、幸い仕事の調節もできるし天気予報も良い。
 前夜の飲み会で怠い体を迎えに来たS井に乗せられ中央道を走って標高は1,290mの天下茶屋の登山口には10:57に到着した。降水確率は10%なのだが富士には雲がかかっている。のんびり歩いて山頂に着く頃には晴れるだろうと思いながら稜線に上がり、木立の切れ間から河口湖と富士を見る。間もなく晴れるだろうと思わせたが進むに連れ雲は厚くなり11:56に到着した御坂山山頂では、白糸の滝でも見て帰ろうと話が一致してしまった。下山して富士西湖温泉に入り、西に進むが朝霧高原周辺も富士の展望はない。では滝を見て早々に帰ろうと東名に乗ると激しい事故渋滞に捕まり、木更津に帰ったのは午後9時を回っていた。行動時間2時間弱の山に一日を費やしてしまった。
達沢・春日・滝戸山 1,358m 山梨県笛吹市
2014年09月20日登山:単独

 
 天気予報では雨の心配はないが秋雨前線の影響で雲が掛かりやすい状況だと伝える。空気が澄めば日光か信州にでも行こうかと思ったが登山意欲が萎え、元々富士の近くに有りながら山頂が樹木に覆われ富士山が見えない山梨百名山を、登山の足慣らしと運動を兼ねて片づけようと考えた。そんなわけで、2週連続の山梨である。
 
 朝5時半に起床して準備を行って出発。中央道で若干の渋滞に遭遇し、達沢山登山口に車を停め歩き出したのは9:05であった。登山口には「全面通行止」の看板が3枚も出ていたが、崩壊もない林道は延々と続く。林道終点に近づくと地元の人らしい方々が草刈や道普請をしていた。感謝の言葉をかけて登山道に入る。土の急坂が続き、見るべき物は1本の御神木以外は足元のキノコと熊の糞しか無いような状況で標高を稼ぎ、稜線に出て僅かに北に歩き、10:22に達沢山[1,358m]の山頂に到着する。展望もなく渡る風が冷たいので直ぐに引き返し、標高差620mを一気に降りて車には11:23に帰り着いた。往復2:18の軽い登山が終わった。
 
 これだけで帰ると勿体ないので、車で日向坂峠を越えて旧芦川村に入り、猪除けの扉を開けて黒坂里道林道を黒坂峠まで駆け上がり、2番目の春日山[1,158m]に向けて12:26より歩き出す。汗をかく間もなく山頂には12:35に到着した。山梨百名山の碑は標高11235mと成っていたが、これは東にある春日沢の頭の三角点の標高であり誤りである。従って黒坂峠からの標高差は60mに過ぎない。山頂の東にある電波塔前の広場から甲府盆地が見渡せるが薄く曇って余り綺麗ではない。少し休み、黒坂峠には12:54に戻り着いた。往復28分であった。
 
 3番目は鶯宿峠から滝戸山[1,221m]を目指し13:17より歩き出す。ミズナラの森の中で大きな起伏もなく快適に歩いていると多くの人と擦れ違うが、一人も登山者は居なく、全てキノコ狩りの人達だった。これだけの人が入りながら残っている物は毒なんだなと思いながら写真を撮り、山頂には13:48に到着した。三角点の上にカメラを置き自動撮影を済ませ下山を始め、車には14:20に到着した。標高差は約170m、行動時間は1:03であった。
 
 累計標高差850m、行動時間合計3:49の連続登山を終えて山梨百名山は75座に達した。3/4を終えた満足を味わいながら甲府市内の大滝温泉に入浴して汗を流し、夕暮れまで時間があったので城巡りをしようと日本百名城の甲府城見学に行く。天守の上からは周辺の山々が一望できるハズだったが、やはり霞んでいた。日没後に奥籐川田店で鳥モツ煮蕎麦定食を食べてから高速に乗れば夕方の渋滞も解消されており、自宅には夜9時前に帰り着くことが出来た。
 
達沢山山頂
春日山山頂
滝戸山山頂
甲府城天守
No75 .2014/8-2014/9    ←No74No76→
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