| 2025年を振り返る | ||
| 2025/12/31記 | ||
| 昨年は個人的には父を失い、日本国にとっても正月早々に能登地震による喪失感から始まった年であったが、今年は比較的平穏に過ぎてきたように感じる。恒例に従い令和7年を大晦日に振り返る作業を開始しよう。 特別に変わったことのある一年ではなかったが、4月に木更津市立岩根小学校のPTA副会長に選出されたこと、8月に千葉県立君津高等学校の全卒業生から成る同窓会副会長に就任したことが新たな責務に加わった。これらを含め現在の主な公職を列記すると下記の通りである。 @木更津市議会議員 議会運営委員長 A君津広域水道企業団議会 議員 B木更津市都市計画審議会 審議員 C福祉法人鵬和会 内部監査担当理事 D木更津市農業協同組合 総代 E木更津法人会 木更津北支部役員 F木更津市立岩根小学校 PTA副会長 G千葉県立君高等学校 同窓会副会長 H江川区 相談役 他にも新木更津市漁業協同組合の準組合員とか巌根駅に快速列車を停めよう!推進協議会事務局長なども担っているが今年中に活動実績が無かったので割愛した。掲載した上記の公職は年に1回以上の会議が行われるものである。同様に年に数回の会合や研修会が行われる全国災害ボランティア議員連盟と同千葉県支部は有志参加という位置づけなので上記には記載していない。 議員活動としては通常だと3月議会で休むと2009年に決めた個人質問を2010年以来15年ぶりに行った。内容は飛行場周辺まちづくりについてであり住民説明会での誤解や設計上の配慮で問題が有ることなどを質すためには6月だと遅いと感じたためである。なおその間に代表質問は2回行ってはいるが個人での質問はせずに予算に注力してきた感じである。それ以外の6月・9月・12月でも個人質問を行ったので年4回制の復活である。更に12月議会中に、3月の個人質問の非公式通告を担当課に提出しているので来年も年4回制に成りそうだ。 個人的な活動を振り返ると今年は大阪万博への参加が記憶に残る年に成りそうだ。他にも正月早々に北関東最大の屋内プールであるカリビアンビーチで泳ぎ、初夏の裏磐梯を散策して会津本郷焼を体験し大内宿を見て帰った旅行、夏には地域の人たちと共に親子で参加したやっさいもっさい、我が母も連れて亀山湖の紅葉を見たこたつ舟、ルミネーションを見て温泉に入ったさがみ湖モリモリなどが良い家族の思い出となった。妻が仕事などで忙しい時に小学校3年生の娘と二人きりで軽井沢スノーパーク、春日部の地下神殿等にも行き、のみがね俊道なども歩いてきた。娘と一緒に楽しめる日々もそれほど長くは無いだろうと感じながら日々を大切にしているのである。 今年も海外旅行に行かず、8座に登り日本二百名山の未踏峰を2つ減らしたが、それ以外には高尾山や御巣鷹の尾根などの簡単な山も有り、更に秋以降は全国的に熊が跋扈していたので急激に登山意欲が撤退してしまった。 55歳を過ぎて目が疲れるようになり、今年の読書量は15冊に留まった。2008年以降の読書量を下図に示すが、最近の減少傾向が明らかであることより、17年前は恐るべき読書家であったと今更ながら驚かされたりする。 ![]() HPに関してはトップページの更新は昨年より1回減った102回、「最近思う事」は3本多い59本の記事で、これは読書のように減少せず情報発信は続けてきたことに成る。特にナイジェリア問題に関する情報発信で時間を費やしたが、この陳情の事務処理で議会事務局が多大な労力を費やしたことは腹立たしい記憶である。 今年初めて入った温泉は11湯と勢いがないが、初めて飲んだ日本酒は福井県へのスキーツアーや娘の焼き物を受け取りに行った福島県、夏に連続登山をした長野県などで買い出しツアーを兼ねたため50社と近年にない勢いであった。 議員としての行政視察では、1月15日の加西市と16日の和泉市への議運の視察から始まり、22日の鋸南町と23日の富津市は災ボラ県支部の研修、3月24日は京都市の研修会に会派で出席したり、4月23日には君津市の議員に誘われて江東区など通常の委員会や会派以外の多い年であった。5月12日の熊本市・13日の大津町・14日の大川市は会派、21日の浦安市は災ボラ県支部、7月4日に個人で自治体公共weekの講演を聞きに行き、7日には隣の袖ケ浦市の取組を交通政策で学び、8月10日には横須賀市まで単独調査に出かけた。10月2日の函館市と3日の盛岡市は総務、22日の館山市は災ボラ県支部、30日の富山市と31日の群馬大学は交通政策というように続いたが、特に11月4日から6日の災ボラ本部による能登研修は得るものも多く、これを忘れないうちに3月議会で聞かねばならないと思った出来事である。 なお、木更津市が発表した「令和7年木更津市の主な出来事」の概要は下記の通りで、例によって順位付けはせず時系列で整理されたている。 |
||
| ◎『木更津市史 自然編 資料』刊行(3月) ◎木更津市夜間急病診療所 運営開始(4月) ◎民間企業の積極的な進出・事業拡大 ・日本賃貸保証株式会社本社が移転(5月) ・MOP木更津 第4期増床エリアオープン(6月) ・CJ FOODS JAPAN千葉工場が竣工(9月) ◎新庁舎整備が進展、朝日新庁舎が開庁目前に迫る ◎陸上自衛隊オスプレイ暫定配備終了(7月) ◎第3期木更津市中学校合同生徒会の取り組み ◎港まつりの来場者数が過去最高36万3千人を記録(8月) ◎市民体育館・柔剣道場に空調機器を設置(9月) ◎令和6年度市税収入が過去最高224億円(9月) ◎「オーガニックなまちづくり」の推進 |
||
| 木更津市の主体的な出来事ではなかったが、JICAがナイジェリアのホームタウンに本市を選定し、ナイジェリア政府が誤った記事を掲載したことで発生し、一部の勢力が自己利益のために誤った情報を拡散して木更津市に迷惑電話や陳情などを繰り返した例の問題は影の出来事として記憶しても良いように思う。 12月議会質問の冒頭で資料を掲示して述べたが今年の猛暑は過去の記録を大きく塗り返す状況となり、秋には熊が自然の脅威として人々の前に立ちはだかり、大船渡や佐賀関などで発生した大規模な火災も記憶に新しい。カムチャツカ半島沖や八戸沖で地震が発生し津波も計測されたが幸いにして大きな被害には成らなかったが、災害は地震や水害以外にも高温・野獣・火災など様々な形態で人々を襲うことを感じたのも今年の特徴である。 年末が近づき10月17日に社会党から総理大臣となった村山富市氏が亡くなり、12月30日には長らく共産党を牽引してきた不破哲三前議長が亡くなられた。東西冷戦の時代が遥か遠くに成り、共産主義革命が現実性を失う中で両党の衰退が象徴されるように感じながら報道を聞いていた。私は保守系の市議であるが排他主義の極右勢力より批判的な左翼系の議員が存在することが議会の健全化には成ると感じている。今年の参議院選挙で参政党の議席が一気に伸び、高市総理の誕生と公明党の離脱などで中道より右側に振れてきている。国民のバランス感を信じれば欧州のような極右政党の躍進は想定しにくいが、数年先の世界から振り返った時に2025年が変化点だったと気付くのかもしれない。 新年に成り5日には新しい朝日庁舎が開庁され、駅前庁舎や吾妻文化芸術施設などの建設に向けて事業が進む中、3月23日には木更津市長選挙が告示される。最近は「後出しジャンケン」といわれる選挙スタイルが主流になってきたためか現在の渡辺市長以外に立候補が噂される人が出ていない。渡辺市長だって公式には立候補表明をしていない。木更津市が進化し続けることは望むことであるが激震に襲われることが無いことを願いながら2025年の「最近思う事」の記載納めとしたい。 |