75.1月下旬の活動記録
 19日は午前中に事務所で私的な仕事を片づけ、午後からかずさ四市市議会議長会議員研修会が開催される君津市役所へ自分の車で移動する。研修会は14時開催なのでギリギリ間に合ったと思って会場に入ると小倉議長が挨拶をしているところであった。
 研修は銚子気象台の丹波観測予報管理官による「気候変動」と石森防災管理官による「南海トラフ地震」についての講演であった。例年の異常気象や能登半島地震被害を受けて議員として最低限の知識だと考える。両氏とも石巻出身で東日本大震災の被災を自分事として語られていたことが印象深い。
 個人的には南海トラフ地震発生後に一定確率で噴火が懸念される富士山の火山灰が生活に与える影響や江戸時代に浅間山の大噴火によって生じた太陽光の遮断による天明の大飢饉のような寒冷化も心配である。浅間山の噴火は世界的な寒冷化を生じてフランス革命を誘導したように富士噴火が世界の不安定かを招くことも想定が必要だろう。
 研修会は16時過ぎに終了したので急いで娘を学童に迎えに行き、自宅に車と娘を置いてかずさ四市議会議員懇親会の会場に向かい4年ぶりの懇親を深め、各市の新人議員の挨拶を聞いてきた。
 
 20日は娘を請西の土曜学級に預けてから帰宅し、自転車で江川陸上競技場に向かい市民マラソン大会のセレモニー及び競技を見守る。
 今までは元日に鎌足地区を会場に開催していた大会であるが江川陸上競技場の完成に伴い場所を移転するとともに働き方改革で日程も変えたものである。小学生の競争から小雨が降り始める生憎の天気であったが、陸上連盟を始め多くの方々の協力で有意義な大会が運営されていた。
 昼前に帰宅して事務所で雑件を処理し、夕方に娘を土曜学校に迎えに行ってから娘を婆に預け私は江川消防団の新年会に区の役員とともに参加する。集会所の建設や詰め所の問題など意見交換して帰宅した。
 
 21日は朝から雨である。宮崎視察から溜まっている疲労を回復しながら、同じく溜まってしまったHPの更新のため朝から事務所に籠もって作業を続ける。夕方からSki道具を整理して車に積み込み、18時半過ぎに到着した友人と荷物を積んで長野まで走りビジネスホテルに泊まった。
 
 22日に目覚めると駅前や近くの山に雪がない。心配になりながら北上すると中野からは屋根や畑に雪が増え野沢温泉村は雪国であった。
 上信越道の設計をしていた頃以来となる34年ぶりの野沢温泉スキー場で10時から15時まで滑り、シュナイダーとスカイラインを降りて疲れた足を野沢温泉の外湯巡りで癒す。平日なのに原宿通りかと思われるほど多くの人が歩き回っており、その殆どがオーストラリア人を中心とした外国人であった。
 夜は5年前に鉄工所を改造したフードコートで飲みながら食事を摂る。店内には40以上はテーブルがあったが地元の消防団らしいお客と私達以外は全て外人という状況で、インバウンドが帰ってきたことを実感する。誰もマスクをしておらず感染症の侵入には弱そうだと感じていた。
 
 23日は朝から小雪であった。前日の疲れも残り外湯で汗を流して9時過ぎに帰路につく。街中を普通に歩いている人も欧米系の風貌の人ばかりである。中野を越えると空が晴れ、小布施を観光してから高速に乗り久しぶりに昼間の上信越道を走る。坂城町蓬平の切土からカルバート化への工事や安中市北野牧での岩石撤去工事に目を奪われ帰宅して検索してみると前者は地滑り防止に18万m3の押さえ盛り土、後者は9万6千m3の危険な岩塊の撤去である。規模に驚くと同時に設計に携わってきた者としては開通前に危険性に気付かなかった点を反省する。帰宅は午後6時であったが荷物を片づけ雑務を片づけているうちに疲れで眠くなり、早めに床に入らせていただいた。
 
 24日は午前中に溜めてしまった私的な仕事を片づけ、昼からは岩根小学校に通う娘の授業参観と懇談会に妻とともに出席する。
 私が53年前に同じ小学校で受けた小学1年生の授業内容は全く覚えていないが先生の授業に向けた準備の大変さを実感し近年導入されたタブレットの使い方などを見ることは収穫であった。それ以上に重要なのは娘の授業中の態度であるが、その事についてはこの場での記載は差し控える。
 妻子を家に送り、私は朝日庁舎に行って都市整備部と打合せを行い、次に私的な契約の打合せのために足を運んだ。午後7時前に帰宅して夕食を摂りながらテレビを見ると名神高速での立ち往生を伝えていた。彦根管理事務所には最強の除雪部隊がいるが気象情報を考えずに夏タイヤで走行する者が引き金になっているのだろうと怒りさえ感じていた。
 
 25日は朝一番に雑務を処理してからHPを更新する。午前中に市内で所用を済ませ、高速道路の凍結防止剤による車両の錆を防止するために洗車してから早めの昼食を摂り正午に駅前庁舎に登庁して打合せをしてから12:20出発の貸切バスに乗り込み千葉県南市議会議長会議員研修会が開催される館山市の南総文化ホールへ13:20に到着する。
 14時開催の講演は関東学院大学法学部教授の牧瀬稔氏による「人口減少社会における地方創生」というテーマであり、私は
H29.6R3.9で人口問題を取り上げ周知の内容であったが、戸田市の政策研究所を視察したときに板橋区長から抗議があったことなど、知らない情報が楽しかった。
 会場は館山市内の県立施設であるが主催は南房総市である。石井市長の来賓挨拶に学ぶことが多いという声が聞かれるし、人口問題を追求してきた私にも色々と参考になることも多く有意義な研修であった。
 
 26日は10時開催の総務常任委員会協議会に出席し企画部より『飛行場周辺まちづくり実施計画』に関した説明を受ける。昨年までの計画より駐車場の台数が減ったり交通公園の面積が既存の規模を取り戻すなど変化が多い計画であった。私からは@内港北公園駐車場からの導線の整備、A敷地内のバス停についてバス運行会社に意向の確認、B夜間の津波及び高潮対策として屋外階段による屋上へのアクセス等の対応を指摘した。引き続き11時25分より市庁舎整備特別委員会理事会に出席する。議案は『市庁舎整備の今後のスケジュール』であり来月開催の委員会に先立ち各種資料の追加を要求した。正午を回って会議は終わり、帰宅して私的な仕事を処理し、夕方には君津高校卒業の職員による新年会にゲストとして参加する。私以前にも3人(平井・篠崎・平野)の議員が居たが今は一人だけである。近隣市からも議員が減少しており今年の富津市や袖ケ浦市の選挙では後輩の新人が入ってくれないかと思うところである。この日から飲み会が続くことを理解していながら誘われるまま2次会まで参加させていただいた。
 
 27日は娘を土曜学校に送ってから帰宅し、自宅で不動産の契約を行ったり、自転車に乗って町内の用事を処理したりする。午後になり組長の引継の話をしていると近所に住む父の同級生が亡くなられた件の電話が入る。一緒に話をしていた友人の父も同級生で既に亡くなられており昭和一桁が減ってくる状況を実感する。日没後は17時開催の江川区各種団体意見交換会に出席する。交通安全協会や民生委員、農業委員や土木委員など各種のボランティア活動をしていただいている区民と区の役員が意見交換を行う場で、集会所の話など色々と進めてきた。
 
 28日は8時に巌根駅東口に集合し法人会木更津北支部の懇親旅行に参加する。妹島和世設計の北斎館、富岡八幡と深川不動、月島もんじゃストリート、浜離宮、芝増上寺などをバスで訪ね、歩いて回る。
 
 車内の日本酒やもんじゃを食べながら焼酎を飲み、程良く酔って帰ってきたのでHPの更新をするつもりが机の前で寝てしまった。
 
 29日は月曜日で荷物の多い娘を学校まで送り、雑務を処理してから駅前庁舎に行き正副議長と齊藤副委員長とともに2月議会に向けた議会運営委員会の事前打合せを行う。議会費の予算や申し合わせ事項の変更など議案が多く、事前打合せを1時間半も議論した。会派室に戻って市民活動支援課などと電話打合せを済ませて退庁し、午後1時半から新田の水道庁舎で開催されるかずさ水道広域連合企業団事業運営懇話会に出席する。この日に説明されたのは下記の議題である。
No 内容(件名とは異なる)
1 2月議会上程の議案概要説明
2 令和6年度の組織改定
3 危機管理対策の進捗 (能登半島地震災害対応報告含む)
4 衛星画像解析による漏水調査の導入と進捗
5 広域連合ビジョン
 上水道を所管する官庁が厚生労働省から国土交通省に移管されるため厚生労働省の補助金を全て配りきってしまうための補正予算という過去に見た記憶のない議案が上がり各市でも資本金の出資が必要となる事態である。来年度からは補助金交付が厳しい国土交通省になることも色々と心配である。報告の中で特記したいことはかずさ水道の能登半島地震に対する支援活動である。これについては最近思う事に記載する。
 およそ1時間半で懇話会が終わり、自宅に車を置きに戻ってから家人に街中まで送ってもらい、夕日を見ながら潮見の水道庁舎まで歩いていく。そこからマイクロバスに乗り君津市で開催される企業団幹部職員と水道議会議員との意見交換会の会場へ移動する。
 企業団の職員や県と四市から選出された議員との意見交換会が終わり再びマイクロバスで木更津駅まで戻り、路線バスで帰宅しようとしたところ渡辺芳邦後援会新春の集いに出席していた会派羅針盤のメンバーに呼び出され、議会運営の方針などについて熱く議論を交わし、帰宅は深夜になってしまった。
 
 30日は町内の雑務を処理してからHPの更新を行う。午後からは市内で所用を済ませて回り、夕方には総会出席のために車で送ってもらう。
 かずさ青年会議所の総会はエルシオンで開催されていたが私はそちらには出席せず18時半開催のOB会総会・新年会に昨年度の監査担当役員として出席する。来年度予算で議論が続き総会が終わり新年会で梅津新会長と現役の山口理事長の挨拶を聞き、多くのOB達と情報交換を楽しんできた。
 
 31日は朝から私的な仕事を片づける。確定申告などの準備も始めねばと思いながら気分が乗らず、机の上すらまともに片づいていない。
 連夜のダメージだと考え、気分転換に外に出て江川集会所の建設状況を見に行く。不動産の登記や落成祝賀会の件など役員会議で話し合う事は多い。帰宅して雑務を処理してHPを更新してから娘を学童に迎えに行く。最近は夜の会合が続いたので、久しぶりのお迎えで、事務所で遊ぶのも久しぶりだった。
 
 
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2024年2月上旬の記録