23.8月中旬の活動記録
 11日も朝には雨が降らなかったので万石会場でラジオ体操を行って帰宅し、午前中にゆっくり新聞を読み、溜まった雑件を処理する。
 午後から娘とともにイオンへ買い物に行きながら写真を撮影し、夕方にHPを更新した。明日は日航機が群馬県上野村の御巣鷹の尾根に墜落してから40年であり前夜である今日は神流川で灯篭流しが行われるのだろう。九州で迎えたその日を今でも鮮明に思い出す。
 
 12日は岩根西中学校会場でラジオ体操を行い、平日なので娘を学童に連れて行こうとしたら学童も夏休みに入っていると妻に指摘される。
 仕方がないので娘を事務所で遊ばせながら仕事をしていると聞きなれたエンジン音が入ってくるので窓を開けるとオスプレイが飛んでいた。木更津に残された最後の自衛隊機で、今日佐賀に飛んでいくのだなと思うと妙に寂しくもなる。形式的な暫定配備終了から35日で実態が伴うのは早い方だろう。
 午後2時過ぎに帰宅した婆さんに娘を預けて会派室に行き、質問に向けて調べごとを済ませて午後4時に近くのスーパーで買い物をして帰宅する。質問通告書や読み原稿の作成に着手したものの近くの同級生が京都から帰省したので長野で購入した日本酒をもって自宅を訪ねた。
 
 13日は江川会場でラジオ体操を行い、盆棚造りを手伝ってから買い物に出かけて草刈り機の刃の交換などを行い、昼食後に迎え火をする。
 午後からは事務所に籠って質問通告書や読み原稿及び配布資料の初稿を完成させ、関係課に送信してからHPの更新を行い、夕方から娘と遊びながらジグソーパズルなどを造る。明日からの港まつりにあわせ妻の両親が義弟の子を連れて我が家に来るので、その準備をしたり慌ただしく過ごした。
 
 14日は岩根4丁目会場でラジオ体操を行い、午前10時から鳥居崎公園の頌徳碑前で第78回木更津港まつり修祓式及び直会に参加する。昼過ぎに一旦帰宅して遊びに来られた義父や義母と談笑してから短パンに着替えて黄色い靴下を履きTシャツを袋に入れて午後4時35分の路線バスで街中に出て本部や知人の連などで挨拶してから集合場所についてユニフォームに着替え第51回やっさいもっさい踊り大会に岩根西まちづくり協議会連の副連長として参加する。この連では平成30年が初参加で昨年はチームワーク賞を受賞している地域の期待の星である。
 
 今回も先頭で提灯を持って踊り続け、途中で音響が止まり観客まで一体となった掛け声だけでの踊りが続くなどハプニングも乗り越えてこの日の踊りは終わり、夜はスタッフと反省会を行った。
 
 15日は岩根小学校会場でラジオ体操を行い、午前中は事務所で議会質問の初稿の変更や添付書類の図面作成などを行う。午後からニュースで戦後80年の戦没者慰霊式を見てから友人のマンションで花火を見るための準備を行い、午後4時に家族を載せて車で向かうが一部交通規制が始まっていることもあり吾妻以南では激しい渋滞が起きていた。車を停めて商工会議所が設営するお祭り広場を見学して買い物をしてから部屋に入りベランダで花火大会を楽しんだ。
 打上数が増加したためか前後半の間の休憩も無く一気に最後まで楽しませていただき花火の進化にも感心しながら楽しい一夜を過ごした。花火が終わって人の流れが減ってから車に乗って帰路に着くが渋滞は激しく家に帰り着いたのは午後10時に成っていた。シャワーを浴びてサワーを飲み日付が変わる頃に眠りについた。
 
 16日は二度寝してしまったことでラジオ体操清掃ボランティアの両方に参加できず、反省しながら朝食を摂り新聞を読む。午後から送り火をして盆棚を片付け配布資料の作り込みを進め、夕方にHPを更新していると市役所から港まつりの情報が届く。14日にやっさいもっさいを踊ったのは72連・3,809人で来場者数は5万3千人、15日は14,732発の花火が打ち上げられ来場者数は31万人、合計で木更津市の人口の3倍近い約36万3千人が集まった木更津市最大のイベントが終わり、来週から議会モードに突入である。
 
 17日は江川会場でラジオ体操を行い、終了後に地元の方々と話していると色々な要望を頂く。このように早起きをして各地の会場を回りながら体をほぐして健康になり情報収集をして市民に尽くすのは清々しい。
 午前中に帰る義父や義母を見送ってから翌日の質問通告の準備を行い、午後から要望を受けた場所を自転車で確認して回る。県道の植栽帯に生えている草で歩行空間が狭くなっている状況を確認し、理想は影を造る植栽がある事だが、管理できないなら植栽帯を舗装してしまえばよいのにと思う。
 
 18日は岩根西学校中会場でラジオ体操を行い、午前中に私的な仕事を片付けてから正午前に駅前庁舎に登庁して個人質問の受け付けを行うつもりだったが何故か昼前に集中しており会派室で待たされる。齋藤秀樹議員の次に引いた籤は16番だったので出番は最終日だろうと思いながら議会事務局と諸調整を行う。なお、通告内容は下記の通りである。
個人質問通告書(令和7年9月定例会)
令和 7年 8月18日
木更津市議会議長   草刈 慎祐 様
質問議員氏名(21番) 近藤 忍
下記のとおり発言したいので、会議規則第62条第2項の規定により通告します。
大綱・要旨項目
質問事項1 大綱(大項目) 建設行政について
要旨(中項目) 要旨(小項目) 関係部等
(1)都計道中野畑沢線 ①浮戸川橋梁の設計
②沿道利用の可能性
③桜井での用地購入
④貝渕での用地購入
都市整備部
 〃
 〃
 〃
(2)都計道金田岩根線 ①橋梁区間の暫定形
②接道条件の許認可
都市整備部

(3)県道木更津末吉線 ①道路設計の見直し
都市整備部
(4)市管理の老朽橋梁 ①橋梁更新の計画化
②耐力不足の対応策
都市整備部
 〃
(5)交差点の交通処理 ①左折レーンの設置
②信号処理の効率化
都市整備部
 〃
(6)歩行者空間の確保 ①狭小歩道の解消策
都市整備部
(7)市営住宅の活性化 ①民間活力で活性化
都市整備部
(8)管理資料の電子化 ①効率的な維持管理
都市整備部
(9)技術系職員の確保 ①教育機関との連携
②事務系からの転籍
③委託職員の利活用
総務部
 〃
都市整備部
 大綱は一つであるが中項目が9つ、小項目は合計で17にもなるので深堀は難しいが、そもそも県の事業や未検討の事業なので深堀も出来ない内容であることを承知しながら将来のために理解している者の責任として質問をせねばと考えての行為である。14時に通告が締め切られた結果、代質問が表4会派、個人質問が12人であり私は9月5日(金)の10時からの登壇となる見込みとなった.。それを見届けてから翌日の都市計画審議会に議会から出向している3人の議員で事前説明を受ける。議事録に残すことも重要なので翌日に同じ質問をする事項も有るが、7月10日の調整区域活性化委員会で強く求めた『敷地の広い農家は分筆が認められるようになること』が盛り込まれていたことには感動した。およそ1時間半の説明と意見交換を終えてから娘を学童に迎えに行き、水曜日のドライブのためにアニメをレンタルしてからピザを購入して帰宅し、早めに風呂に入って妻の帰宅までに娘を寝かせつけるつもりであったが地上波で放送されていた「火垂るの墓」の録画を一緒に観てしまったですっかり夜更かししているころに妻が帰宅した。
 
 19日は岩根小学校会場でラジオ体操を行い、燃えるごみを出して朝食を摂り、母の指導で箪笥を姉の家に運び車に給油してから帰宅し、着替えてから事務所で急いで雑件を処理してから駅前庁舎に向かい10時から予定されている21日の議会運営委員会の事前説明には3分前に間に合った。委員会の進行について確認をしながら議会事務局に指示を行い、1時間半ほどで会議を終える。草刈議長とともに街中に昼食を摂りに行き、午後1時半から中央公民館で開催される第126回都市計画審議会に出席する。諮問された案件及び報告事項等は下表の通りである。
区分 番号 内容(件名とは異なる) 頁数
議事 諮問1 都市計画地区計画(笹子地区)の決定 24
諮問2 都市計画マスタープランの一部改訂 186
諮問3 市街化調整区域の地区計画ガイドラインの一部改訂 21
諮問4 生産緑地地区の変更 18
諮問5 平成8年度特定生産緑地地区の指定 5
報告1 都市計画定期見直しの概要 93
報告2 市街化調整区域での産業立地誘致手段の拡充 15
その他 報告3 地区計画の変更に伴う企業立地状況 8
370
 諮問4号で2箇所が廃止され生産緑地は市内に73箇所となったが、そのうちの3地区は農耕が成されておらず「要指導」扱いに成っていることが質疑で明らかになった。生産緑地は税制の優遇等が行われているため、指導しても従わない場合は除外するような手続きを進めるように要望するなど、過半の議案で質疑を行ってしまった結果、会議は2時間近くに及んでしまった。終了後に報告2に伴うインパクトが大きいと気付いた建築士会を代表する委員が勉強会のお誘いをしていただいたので、快諾して会場を出る。タブレットのソフトのバージョンが古くなっているので事務局に更新を頼んでから会派室で日経コンストラクションを読み、帰宅途中で娘を学童から連れて帰ってから事務所でHPを更新した。
 
 20日は万石会場でラジオ体操を行ってから朝食を摂る。この日は議員としての公務も無く、私的な仕事も空けられるように調整を済ませたので娘も学童を休ませて、前から個人的に見学したかった『地下神殿』という愛称で呼ばれている首都圏外郭放水路調圧水槽の見学のため埼玉県春日部市へ「クレヨンしんちゃん」のDVDを見ながら向かった。
 午前11時からのツアーには多くの人が集まり、外気温が36℃を超える中で地下では18℃前後の涼しい環境で壮大な空間を楽しんでいた。年平均で4回程度運用され、今年は5月に供用されただけという施設であるが、細かいことまで書くと話しが長くなるので最近思う事に別途整理する。
 せっかく春日部市まで来てそのまま帰るのは勿体なので行田市まで足を延ばし、世界最大の田んぼアートしてギネスブックに載った古代蓮会館の行田タワーから「鬼滅の刃」の炭治郎を見下ろす。
 
 先駆けは青森県の田舎館村であるが近年では各所で精緻な作品が造られていることに感心する。国道122号線で川口を過ぎてから首都高に乗り午後5時過ぎに帰宅する。大して歩いたわけではないが仕事を行う意欲も無く、夕食後には早めに入浴し床に就いた。
 
 
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2025年8月下旬の記録