御所平 1,780m 長野県富士見町
2003年2月8日登山:A津、M谷、S原と4人

 入笠山の途中にある山小屋で酒盛りをしないか、という魅惑的なお誘いが高校の恩師であるA津先生より届いた。小屋は教員仲間のM谷先生が友人と共同管理しているもので、他にS原も参加すると言っている。年度末ではあるが仕事を調整し参加することにする。
 M谷先生の車を林道入口で降り、雪道を登り始める。A津先生とS原はつぼ足で、私は山スキーである。M谷先生はスキー場のゴンドラで山頂に行き、そこから下るルートを使うという。
 約2時間で小屋に付き、火をおこして雪を溶かす合間に入笠山に登りに出かける。両先生は小屋に置いてあるクロカン板で、S原はつぼ足とショートスキーである。山頂目前で日没時間切れとなりリフトも終了したスキー場最上部から八ヶ岳の夕焼けを見て小屋に帰る。
 薪ストーブで料理を作り、先生が持ってきたワインや私の持っていった清酒飛鶴などを飲んで楽しい雪の夜は更けていった。翌日はスキー場を下り帰宅した。
守門岳 1,537m 新潟県入広瀬村
2003年5月4日登山:F島と2人

 正月に沖縄を走って王手をかけた日本走破をこのGWに終えてしまうつもりでいたが仕事の都合がどうしても付かず5月3日〜5日の休みしか取れないことが解った。そんな短い休みでは山スキーにでも行くしか無いだろうと思い新婚のF島を誘って出かけた。
 2日の仕事が終わってから深夜にF島家に到着。翌朝渋滞前の関越道を走り奥只見スキー場で足慣らしを行い、入広瀬村に泊まる。
 4日朝に登山口まで行ってみると下の方に全く雪がない。板を担ぐ距離が長いのは耐えられないので通常登山に切り替える。標高差300mぐらい上がったら雪が出てくる。山スキーの登山者とすれ違うが担ぎが辛かったし下りも担ぐと思うと気が重いと言う。雪は締まっており歩行に支障はない。ただし雪庇が残り油断すると怖い。
 山頂に到着し麦酒で乾杯する。浅草岳や周辺の山々が全て雪山で気持ちがよい。下りはグリセードで順調に飛ばし無事下山。守門温泉に入ってF島邸に帰宅し、翌日は越谷の日帰り温泉に入って帰るのであった。
金時山 1,213m 神奈川県箱根町
2003年6月7日登山:単独

 来月に大雪縦走を予定しているのだからどこかに足慣らしに出かけようと思っている頃、K町さんから「俺も登った金時山に行ったことが無いのか」と言われ、日帰り金時登山を行うことにした。
 この頃は毎日200人を越える職人が現場で仕事を進めており、立会や打合せ、修正図面の作成などで追われていて寝不足であった。そんな中で箱根だからと甘く見て登ると気温の高さもあってかなり疲れ、何時も以上に大量の汗が流れる。
 山頂からはうっすらと富士山が見える程度の展望であるし、足下の千石原はゴルフ場が痛々しい。あまり好意的な印象を残さないまま下山し、ペンションの温泉に入るが体調が悪い。車に戻り帰路に付くと寒気がする。やばいと思ったが既に風邪をひいてしまっていた。風邪を直すまでに周辺の4名にうつす時間が必要だった。
北海岳 2,149m 北海道上川町
2003年7月5日:K藤と2人

 ANAから届いたメールで7月上旬に超割が発売されることを知った。K藤に「40歳になる前に大雪の縦走を行おう」と誘いを入れ計画成立。2ヶ月掛け仕事の調整を行い連休を確保する事が出来た。
 7月4日朝に千歳空港に到着する。K藤はこの日の午後まで仕事が抜けられないと言うことで上川駅集合として私は各駅列車の旅と旭川ラーメンを楽しむ。バスで街並みが綺麗になった層雲峡温泉に到着し宿泊する。
 5日の朝はロープウェイとリフトを乗り継ぎ容易に黒岳に到着する。北見富士の向こうに遠く斜里か知床と思われる山塊も見える展望を楽しんだら縦走開始。
 北鎮岳を越え10年前に歩いた間宮岳を通るお鉢巡りにも後ろ髪を引かれるが本日の長い行程を考えると北滝沢を渡るショートカットコースにしてしまう。
 北海岳を登りながら目前の白雲岳の大きさに肩をトラバースするルートで進もうと話をしているうちに山頂に到着する。大雪の真中で山の大きさを実感する。
 白雲岳避難小屋には11時に到着する。一休みして昼食を取る目の先に縦走路は緩やかに遠く続いている。遙か遠く見える頂がトムラウシと思うと気合いも入る。
 縦走路は名前のようにスレートのような平板の自然石が敷かれていて歩きやすく、こまくさも豊富に咲いている上に開放的で展望も良いという最高の状況が続き2人で歓喜の声を上げ写真をふんだんに撮る。
 大沼経由で大雪高原温泉に下山する分岐が『熊出没通行禁止』の看板とロープで仕切られているのを見て今夜の野営が若干心配になりながら進み忠別岳に登り始めると急激に這松が増え始め藪漕ぎが始まる。気が付けはテント用に持ってきたビーチサンダルが松の枝で持って行かれている。山頂から見るトムラウシはまだまだ遠い。気力体力とも疲れ果てて忠別岳石室に着く。小屋を覗くと先客8人ぐらいで適度に込んでいるから計画通りテント泊とする。
 事前の打合せでテントはどちらかに集約しようかと思っていたがのんびり寝たいという意見によりそれぞれが持参することになったので2張りをV字に設置して間で風を避けて夕食の作成をする。幸い雪原を渡ると豊富な雪解け水もあり快適なテント生活を送ることが出来た。
トムラウシ 2,141m 北海道新得町
2003年7月6日登山:K藤と2人

 明るくなってきたので時計を見るとまだ4時前である。流石に北海道の真夏は日の出が早すぎる。軽く寝直してから食事を作っても5時半に出発できる。
 深い這松を漕ぎながら五色岳山頂に着くと展望が開け沼ノ原を超えて石狩岳に行くルートが気持ちよさそうに見える。振り返れば忠別岳越しに大雪もだんだん遠くなってきている。展望を楽しんでいると南から単独行の縦走者が来る。地元の人で大雪に詳しくルートの情報やトムラウシでの疲労凍死を処理した話しなど、色々と聞く事が出来た。
 化雲岳まで深い藪を進み、山頂直前から多少歩きやすくなった縦走路を南下すると這松から岩場に変わっていく。綺麗な庭園を越え最後の急坂を登るとトムラウシ山頂に到着する。9年前の登山が懐かしい十勝連峰が先に聳えるが、これ以南の縦走路はどんどん高度を下げた後のオプタテシケ山への登り返しがとても辛そうである。
 ゆっくり展望を楽しんでもまだ昼前である。当初計画では今日中にトムラウシ温泉まで下り国民宿舎で泊まるものであったが、登山が久しぶりのK藤が足が痛く5時間を超える下山に耐えられそうもないと無いと言う。幸い食料も停滞を前提に豊富に持ってきているし沼には雪もあるから水が取れる。明日も天気が良さそうなので山頂直下にある南沼でテントを張ることにする。
 南沼に付いて本日この場所で最初のテント設営を終え、昼食の作成にかかる。雪をわざわざ溶かさなくても綺麗な水が確保でき、周辺は高山植物の花が咲き乱れる楽園である。天気も良く風もない。食事後に麦酒を1缶飲んで昼寝をする。日も高いのにこんな贅沢な時間を過ごして良いのかと思うぐらいだ。
 午後3時過ぎに目を覚ますとテントが増えている。話を聞くと十勝に向かうパーティと言うことで敬意を払う。しばらく周辺を散歩して夕食の開始である。ウィスキーもどんどん減ってくる。南沼は便所が無いのがオーバーユースの恐れがあるが、それ以外は登山者の楽園である。
 気持ちよく眠り夜明けを迎える。御来光を見にトムラウシの山頂に上がるつもりだったが寝過ごしたようだ。それでも朝焼けのオプタテシケ山が綺麗である。
 朝食を取りテントを撤収して下山を開始する。K藤の足の痛みはまだ退いていないようでのんびりと下る。下山路も庭園的な空間が素晴らしく、歩いていて厭きない。
 コマドリ沢には雪渓が豊富に残っており、それをグリセードで降りていると最初の登山者とすれ違う。そのうち次から次へと登ってくる人を見てここが日本100名山なんだと実感する。
 駐車場ショートカットの分岐を過ぎるとまた静かな山域になり歩くのが嫌になる頃トムラウシ温泉に下山する。バスの時間まで充分な時間があるのでのんびりと温泉に浸かり、新得からの特急で車内販売の酒と肴を楽しんで良い山行を祝うことが出来た。
No36 .2003/2-2003/7    ←No35No37→
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