大型連休が終わり | ||||||||||
2024/05/10記 | ||||||||||
コロナが明けた今年の大型連休は各地の観光地で大変な混雑であったとニュースが伝えていた。私は連休の初日に父の四十九日法要を行い、娘の発表会に行ったり鋸山に登ったほか、特筆するのは極めてマイナーな熊伏山に登ったことで、それ以外は地元の行事に参加し、天気が良くても自宅で後援会報の袋詰めなどを黙々としていた。家族旅行もしていないのでコロナが蔓延していた頃より行動力が低下した日々であった。 11年前にも書いたが、GWは旅をする日々と位置付けて基本的には長い連休を確保し、特に2000年には熊本空港に降りてから九州の離島を回り最後は博多から釜山に渡って外国でサイクリングを楽しんだという凄い旅もしている。 2004年に日本の全自治体走破を終えてからは東北や関西の連続登山を楽しんだが2007年に議員に当選した直後は市民の「普通」に併せて旅を控えるべきかと考えていたこともあった。しかし慣れて要領が良くなったのか、先輩議員からのアドバイスなどもあって長い旅をする事も出来るようになり、2010年には宇和島を目的に8日間のロングドライブを楽しんだりしている。 2014年12月に自転車や登山に興味が無く茶道を追求する妻を迎えてからはGWの記録が貧弱になったように思う。 左に示すように多くは連休の合間に妻子を実家に送り届け、そのついでの登山を行う事が多くなる。そのため妻の実家に近い関越自動車道沿線の群馬県や埼玉県の有名とも言えない山に出かけることが多くなったのである。 コロナが発生した2020年にはが萎縮を自粛し、翌年にも県境を越えて山に行くことは言語道断という空気であったので房総半島の小さな山に登った。換気がこれ以上もないような山の稜線で擦れ違う登山者がマスクを付けている事に驚いた記憶もある。 妻の実家を起点としていない例外の山は2018年の木曽駒ヶ岳と一昨年の日留賀岳、今年の熊伏山である。連続登山をしているわけではなく下山したら速やかに帰る日程であり、かつてはGWに韓国の釜山まで足を伸ばしたような頃から考えると寂しい内容と思うであろうが内容は充実した旅をしているつもりである。 またいわゆる結婚適齢期に婚姻し子どもが出来たら自由にならない日々を多くの人々が経験しているであろう同世代の人たちが出来なかったような自由な旅を満喫していた日々を貴重だと思いたい。 GWを含む旅の日々は私の身体と精神を鍛える修行であったように今では思える。「可愛い子には旅をさせよ」という言葉はその言葉通りに同感する。旅の資金管理、計画立案などは当然として計画と実績が乖離する状況の調整、宿の予約や都合によるキャンセルなどの事務応対などを全て自分の責任のうちで処理することは当然であるし、更に旅を楽しくするために始めて出会う旅人から情報を得るような交渉力など様々なことが必要になる。私は中学から部活を行わない者であったが学校現場を離れた旅で鍛えられてきたことは間違えないと自覚している。 連休が終わって数日立ち、今年も旅に行けなかった(日帰りで浜松まで行くのは私の基準では「旅」のレベルではない)ことを少し物足りなく思っていたが、志賀町の現地集合ボランティアに当選する事が出来たので能登半島の状況を確認しながら車中泊での「旅」が連休後に出来そうなことを喜びつつ11年前に列挙した旅の記録と比べ、あの様な日々を二度と送ることは出来ないのかと若干寂しくなりながら記憶を整理していた。 |
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